SSブログ

お前の番だ! 286 [お前の番だ! 10 創作]

「まあ、意地悪く云えば、そうなるけど」
 これは万太郎の僻目をやんわり窘めているあゆみの一言でありましょうか。
「それであゆみさんはその新木奈さんの申し出を受けたのですね?」
「だって、他ならぬ稽古の件で云っておきたい事があるって云うんだから、それをあたしが聞かないわけにはいかないじゃない」
「それはそうですが、要するに新木奈さんとしては、体裁良くあゆみさんをデートに誘い出す事に成功したと云うわけですよね」
 万太郎のその言葉に、あゆみは意識的か無意識か判らないながら無表情の儘で全く反応しないのでありましたが、このあゆみの無反応が今の万太郎の言葉を咎めているように思えて、万太郎はそう口走ったのをすぐに悔いるのでありました。要するにこの言葉にしても、万太郎の嫉心が発した揶揄半分の一言に違いないのでありますから。
「で、あちらの指定で、月曜日に調布でお昼に待ちあわせしたの」
 あゆみは先を続けるのでありました。「月曜日のそんな時間で大丈夫なのかって聞いたら、新木奈さんの研究所では任された仕事を期日までに果たすなら、時間は煩く云われないんだって。製図板に齧りついているだけではアイデアも浮かばないんだそうよ」
「金曜日の昼が大丈夫なわけだから、月曜日の昼も問題ないと云う事ですね」
 これは別にからかいの言ではないのでありましたが、あゆみにそう聞こえて仕舞わないかと万太郎は云った後から、少しくそわそわするのでありました。
「正午に待ちあわせして、駅から程近い、その辺では有名らしいフランス料理とケーキの、あたしお店の名前は忘れたけど、何とかと云うレストランで昼食と云う事になったの」
「まあ、正午に待ちあわせたのだからその後昼飯と云うのは自然な流れですね。そこでフランス料理の昼食を食べながら、新木奈さんの愚痴を聞いたわけですか?」
 矢張り新木奈の目論見通りの、典型的なデートの形態だなと万太郎は思うのでありましたが、それは敢えて云わないのでありました。
「ううん、食べている時は特に当り障りのない話しだったわ。会社では新木奈さんは設計部の主任をしていて、部下の面倒を見なければならないから、今の仕事に繋りきりになれないとか、新木奈さんは幾つかの特許を持っていて、その特許料がかなり会社に入るけれど、開発した自分は微々たる報奨金しか貰えないとか、まあ、そんなような話しを笑いながらね。あたしあんまりそう云うのは興味がないから、ただ愛想笑って聞いていたのよ」
 別に自慢話しと云う風にではないにしろ、しかし何につけても自分が大いに有能な人物である事をそれとなく匂わせよとする、結局は自慢話しをする新木奈の得意顔が万太郎には目に浮かぶのでありました。新木奈はよく話しの端々に自分を大きく見せようと、多少手のこんだ、鼻持ちならない工作を弄するところがあるのでありました。

 師範控えの間の障子戸の向こうから突然、来間の声がするのでありました。
「あのう、無用かとは思いましたが、取り敢えずコーヒーをお持ちしました」
 万太郎とあゆみは会話を止めて、揃って障子戸の方をふり向くのでありました。
(続)
nice!(12)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 12

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

お前の番だ! 285お前の番だ! 287 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。