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お前の番だ! 284 [お前の番だ! 10 創作]

 来間はそう返事してから頭を元に戻すのでありました。
「で、どこまで話したっけ?」
 控えの間に移ると、あゆみが万太郎に訊くのでありました。是路総士が何時も座っている座卓の上座は遠慮して、あゆみがその右横に、万太郎が下席に着座するのでありました。
「あゆみさんが新木奈さんに道場休みの日に、喫茶店に誘われたと云うところまでです」
「ああそうだったわね」
 あゆみが頷くのでありました。「で、まあ、あたしは調布駅まで出かけて行ったの」
「ええと、ところで新木奈さんと逢う約束をされたのは何時の事なのですか?」
 万太郎はそう訊きながら、これも特に拘らなくても良い細部かと思うのでありました。しかし新木奈はこの頃はすっかり稽古に現れなくなっていたので、そんな事をあゆみと約するチャンスはないのではなかろうかと、ふと疑問に思ったのでありました。
「この前の金曜日よ」
「それなら新木奈さんは、稽古に姿を現さなくなって久しい頃だと云うのに、どのような方法であゆみさんに接触してきたのですかね?」
「道場にちょっと現れたのよ」
「え、道場に来たのですか?」
「そう。金曜日の朝稽古が終わった頃にね」
 朝稽古が終わったタイミングで現れるのでありますから、稽古に参加する気は毛頭なくて、偏にあゆみを喫茶店に誘うのが目的で、つまり自分とのデートに誘う心算でやって来たのであろうと万太郎は推量するのでありました。
「そんな時間に来て、それでまた都合良くあゆみさんと逢えたものですね?」
「あたし、朝稽古の後で何時も郵便受けを覗きに行くのが日課なの。それと夕方の専門稽古が終わった後ね。だからそのタイミングを目当てに来たのだと思うのよ」
「ああそうなのですか?」
 そう云うあゆみの日課なんと云うのは、万太郎は今までちっとも知らなかったのでありました。確かに郵便物はあゆみが管理しているような気配はあるのでありましたが、時間を決めて日課として郵便受けを覗いていたと云うのは初耳なのでありました。
 そう云えば万太郎は内弟子になって以来、郵便受けを覗いた事は全くないのでありました。それにそんな用を云いつけられた事もないのでありました。
 確かに熊本の実家から手紙か何かが届いた時には、それを万太郎に手渡してくれるのは何時もあゆみでありましたか。これは今まで考慮もしなかったうっかり事でありました。
「その日、門の郵便受けの処まで行くと傍らに新木奈さんが立っていたので、あたしびっくりしたわ。まさか新木奈さんがそこに居るとは思ってもいないもの」
「と云う事は、身近にいる僕さえ迂闊にもちっとも知らなかったあゆみさんの日課を、新木奈さんはちゃんと知っていたと云う事になるのですかね?」
 万太郎はどう云うものか新木奈のそんな抜け目のなさに、妬ましい驚きを覚えるのでありました。と同時に、反射的にある種の不愉快さと不気味さも感じるのでありました。
(続)
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