お前の番だ! 282 [お前の番だ! 10 創作]
これまた思わぬ事を打ち明かされて、万太郎は驚くのでありました。
「新木奈さんとあゆみさんが、調布の喫茶店で二人きりで逢ったのですか?」
別にあゆみの言葉を態々再度、無意味に自分がここで繰り返す必要もないかと、云いながら万太郎は思ったりするのでありました。
「そう。新木奈さんに稽古の事で相談したい事があるからって、呼び出されたのよ」
「稽古の事で相談したい事があるから、ですか?」
またもや万太郎はあゆみの言葉をその儘無駄になぞるのでありました。
「そう。だからあたしすぐにてっきり、威治さんが稽古に参加するようになってから道場に通いづらくなったって、そんな苦情か何か云われるのかって思ったの」
「ああ、成程ね」
万太郎は一つ頷いて見せるのでありました。しかし気取り屋の新木奈がそんな体裁の悪い泣き言なんぞを、敢えてあゆみに聞かせる事もなかろうとも思うのでありました。
「若しもそう云う事なら、一応道場の者としてその苦情を聞かなければならないかなって思って、呼び出された調布駅まであたし出かけて行ったのよ」
「へえ。しかし何でまた調布駅なんですかね?」
「新木奈さんの勤務先から近いらしいの。それに道場からも比較的近いしね」
「と云う事は、日曜日とかじゃなくて平日に逢ったのですか?」
「そう。月曜日の昼過ぎ」
「ああ、月曜日なら道場は休みだ。でも新木奈さんは仕事じゃないのですか?」
万太郎はそう訊きながらも、こんな事は別にどうでも良い事かとも思うのでありました。
「そうだけど、でもあちらの指定だから」
「仕事中に抜け出したのかな?」
「そうなんじゃないの」
「確か新木奈さんは建設機器メーカーの研究所に勤めているんでしたよね?」
「そうね。そう聞いているわ」
「研究所なんと云う所は比較的時間が自由なんでしょうかね?」
未だ以って自分はどうでも良いところに話しを膠着させていると、万太郎は腹の中で舌打ちするのでありました。先の肝心な話しを聞きたいのは山々なのでありますが、全く些末な事に歩を止めよとするのは、自分ながら一体どういう了見からでありましょうか。
万太郎があまりにぐずぐずと拘るべきでないところに拘っているものだから、是路総士が風呂から上がって居間に姿を現して仕舞うのでありました。居間の障子戸が開け放たれたところで、万太郎とあゆみはそれまでの話しの中断を余儀なくされるのでありました。
「ああ、良い風呂だった」
是路総士は居間から食堂のテーブルに座っている万太郎とあゆみに、そんな愛想の言葉をかけるのでありました。介添えの来間も食堂の方に入って来るのでありました。
「お父さん、お酒呑むの?」
あゆみが稽古予定表のノートを閉じて立ち上がるのでありました。
(続)
「新木奈さんとあゆみさんが、調布の喫茶店で二人きりで逢ったのですか?」
別にあゆみの言葉を態々再度、無意味に自分がここで繰り返す必要もないかと、云いながら万太郎は思ったりするのでありました。
「そう。新木奈さんに稽古の事で相談したい事があるからって、呼び出されたのよ」
「稽古の事で相談したい事があるから、ですか?」
またもや万太郎はあゆみの言葉をその儘無駄になぞるのでありました。
「そう。だからあたしすぐにてっきり、威治さんが稽古に参加するようになってから道場に通いづらくなったって、そんな苦情か何か云われるのかって思ったの」
「ああ、成程ね」
万太郎は一つ頷いて見せるのでありました。しかし気取り屋の新木奈がそんな体裁の悪い泣き言なんぞを、敢えてあゆみに聞かせる事もなかろうとも思うのでありました。
「若しもそう云う事なら、一応道場の者としてその苦情を聞かなければならないかなって思って、呼び出された調布駅まであたし出かけて行ったのよ」
「へえ。しかし何でまた調布駅なんですかね?」
「新木奈さんの勤務先から近いらしいの。それに道場からも比較的近いしね」
「と云う事は、日曜日とかじゃなくて平日に逢ったのですか?」
「そう。月曜日の昼過ぎ」
「ああ、月曜日なら道場は休みだ。でも新木奈さんは仕事じゃないのですか?」
万太郎はそう訊きながらも、こんな事は別にどうでも良い事かとも思うのでありました。
「そうだけど、でもあちらの指定だから」
「仕事中に抜け出したのかな?」
「そうなんじゃないの」
「確か新木奈さんは建設機器メーカーの研究所に勤めているんでしたよね?」
「そうね。そう聞いているわ」
「研究所なんと云う所は比較的時間が自由なんでしょうかね?」
未だ以って自分はどうでも良いところに話しを膠着させていると、万太郎は腹の中で舌打ちするのでありました。先の肝心な話しを聞きたいのは山々なのでありますが、全く些末な事に歩を止めよとするのは、自分ながら一体どういう了見からでありましょうか。
万太郎があまりにぐずぐずと拘るべきでないところに拘っているものだから、是路総士が風呂から上がって居間に姿を現して仕舞うのでありました。居間の障子戸が開け放たれたところで、万太郎とあゆみはそれまでの話しの中断を余儀なくされるのでありました。
「ああ、良い風呂だった」
是路総士は居間から食堂のテーブルに座っている万太郎とあゆみに、そんな愛想の言葉をかけるのでありました。介添えの来間も食堂の方に入って来るのでありました。
「お父さん、お酒呑むの?」
あゆみが稽古予定表のノートを閉じて立ち上がるのでありました。
(続)
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