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お前の番だ! 262 [お前の番だ! 9 創作]

 これはつまり内弟子卒業と云う事でありましょう。内弟子としてではなく、何処かに一人暮らしして常勝流総本部道場に出勤する、と云った按配でありましょうか。
 仕事は今迄と全く同じでありましょうし、この仕事柄、結局時間も不規則でありましょうから、それなら住みこみの方が何かと好都合ではありますか。それに住むアパートを探したり一応の所帯道具を揃えたりと、面倒な仕事が色々付随するでありましょうし。
 自活してやっていくだけの給金は貰えるようでありますが、万太郎としては住む処と食事の心配のない今の儘の方が、給金のアップ等よりは余程魅力的に思えるのでありました。第一、食住の金がかからないから今の儘の手当でも万太郎には充分なのであります。
「ちょっと僕の存念を述べても良いですか?」
 万太郎は顔を捻じった鳥枝範士から一旦視線を逸らしたのでありましたが、すぐに目を戻すのでありました。鳥枝範士は後ろに首を捻じった儘の姿勢が窮屈になったようで、万太郎のその言を聞いて体ごと万太郎に向き直るのでありました。
「何だ、その存念とは?」
「僕は内弟子に入ってから今まで鳥枝建設の嘱託社員と云う扱いでしたが、このところは鳥枝先生や面能美が専門に鳥枝建設の常勝流愛好会を指導していますから、僕はその嘱託社員としての役割を全く果たしていません。それなのに鳥枝建設の丸抱えで僕の生活を見て貰うと云うのは、僕としては何とも気持ちが収まるところに収まらないのですが」
「内弟子を鳥枝建設の嘱託社員とするのは、総本部道場の負担を軽くするための方便だ。ワシが会長をする鳥枝建設は不況下とは云え、未だ々々その程度の余裕はある」
「それは承知しています。鳥枝先生の恩徳も含めて。しかし鳥枝建設の一般の社員の人達には、それは何とも間尺にあわない不愉快な事と思えるのではないでしょうか?」
「社員にそんな文句はワシが許さん。このワシが一喝すれば誰も口を噤む。それに幸いな事に鳥枝建設には労働組合はない」
 鳥枝範士は典型的なオーナー会長然とした意見を云うのでありました。
「それはそうでしょうが、いや僕は、鳥枝建設の中の事情を云々する心算ではなく、このところの道場の出納を窺い見ることが出来る立場から申し上げますと、僕の給金の五万円、それに来間の給金の四万円は、道場の経費で充分処置出来るように思うのです」
「それは確かに月に九万円ぽっちの出費なら、どうにでもなる」
「ですから、僕等の給金は道場の方からいただくとして、その分の年百万余りは鳥枝建設からいただいている毎年の寄付に上乗せしていただければ良いと思うのです」
「何だ、単に勘定項目を変えると云う話しか」
 鳥枝範士がそう云いながら、特に頷かないのでありました。
「道場と鳥枝建設の両方の経理を見る立場からすると、その方がスッキリはするな」
 寄敷範士が横から云うのでありました。「寄付に百万上乗せするためにはちょっと経理操作がいるが、まあしかし、そんなに大してまわりくどい操作じゃない」
「僕もその明快なスッキリさを求めているのです」
 万太郎は先ず寄敷範士に、その後に鳥枝範士に無邪気な笑顔を向けるのでありました。
(続)
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