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お前の番だ! 173 [お前の番だ! 6 創作]

「そんな遠慮していないで、折野君もこちらにお入りなさい」
 興堂範士が万太郎に手招きするのでありました。「何時もと違って今日はあゆみちゃんも一緒なんだから、二人に茶でもふる舞って進ぜよう」
「押忍。では、不躾ですが」
 万太郎はそう云って素直に座敷に上がるのでありました。
「そんな上り口に畏まっていないで、もそっとテーブルの方に」
 師範控えの間に入りはしたものの、中央のテーブルから離れた処に正坐した万太郎に興堂範士が尚も手招きするのでありました。
「押忍。失礼いたします」
 万太郎は躄ってテーブル前に進み、あゆみと並ぶのでありました。それを見届けてから廊下の堂下が奥に下がるのは、茶を何杯持ってくるかを確認するためでありました。
「どうじゃったかな、久しぶりのウチでの稽古は?」
 興堂範士があゆみに話しかけるのでありました。
「はい、勉強になりました。門下生の方々も、皆さん活き々々と稽古されていましたし」
「些か総本部とは技の様子が異なるが、まあ、同じ常勝流じゃから理は同じじゃよ」
「はい、技の様子が違うところが新鮮でもあります」
「折野君は、勿論面能美君もじゃが、ウチで稽古するようになってから、総本部での稽古に於いても、技が少しばかり変化したろうかな?」
 この興堂範士の言葉は万太郎にではなく、あゆみみに向かう言葉でありました。つまりあゆみと云う第三者に、万太郎や良平の進境ぶりを確認するための言葉でありましょう。
「そうですね、面能美の方は如何にもこちらでご教授いただいた痕跡が、技の姿に表れるようになったと思いますが、折野の方に関しては、技の見た目は然程前と変化がないように思います。まあ、技の鋭さとか威力はかなり増してはきましたが」
 あゆみのこのクールな評に、万太郎は無表情を崩さないのではありましたが、実は内心少し狼狽えているのでありました。それでは如何にも、興堂派での稽古があんまり役に立ってはいないようだと、暗に告発されているような気がしたからでありました。
「おおそうかな。面能美君は技の表情が変わってきたが、折野君は鋭さや威力の方は増したが、あんまり技に変貌はないと云うわけじゃな」
「そうですね。一緒に稽古をしてみたあたしの実感ですが」
「生来呑気者に出来ているものですから、こちらに稽古に伺わせて貰っている甲斐が、なかなか発揮出来ないのを申しわけなく思っております」
 万太郎は恐縮の物腰で頭を掻くのでありました。
「結構々々。どちらかと云うと折野君の方がより結構じゃな」
 興堂範士はそう云って満足そうな笑いを万太郎に向けるのでありました。「二人はあにさんの内弟子なんじゃから、何もワシの技の体裁を真似て貰いたくてここに稽古に来て貰っているわけじゃない。あにさんが教えないところをワシから吸収すればそれでば良いんじゃよ。また逆に、ワシになくてあにさんにあるものを見極めて貰いたいのじゃよ」
(続)
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