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お前の番だ! 174 [お前の番だ! 6 創作]

「折野君はこのところ体に芯が出来てきたように思います。実は一緒に組ませて貰って、その芯がなかなかに強力で、組形でもそれを崩してこちらの手の内に引きこむのがこの頃如何にもしんどくなってきました。是路総士先生にも道分先生にも稽古をつけていただくとそう云う強靭な芯が一本、体に通っているのが実感できるのですが、折野君の芯もお二方と同じもののように思います。勿論お二方に比べて仕舞うと、未だひ弱い儘ですが」
 これは花司馬筆頭教士の言葉でありました。
「おうそうか。芯が出来てきたか」
 興堂範士が満足そうに何度か頷くのでありました。
「しかしスピードは面能美の方があると思うぜ」
 威治教士が横から口を挟むのでありました。「こちらがフルスピードで動けば、折野は多分それについてくることが出来ないだろうな」
 威治教士が良平を持ち上げる言葉なぞ今までに聞いた事がなかったので、万太郎は瞠目するのでありました。これは一体どう云った風の吹き回しでありましょうや。
 尤も良平は総本部道場の内弟子として三年の実績を積んだのでありましたから、この頃は威治教士としても良平にあからさまな侮蔑の顔を見せたり、下らないちょっかいを出して嘲弄する、なんと云う真似は表面的にはあまりしなくなってはいるのでありました。まあその本心は、万太郎も一緒にして相変わらず軽んじて止まないのでありましょうが。
「スピードにしても何にしても、勿論僕は若先生の域では未だ到底ありません」
 万太郎が慇懃に威治教士に頭を下げるのでありました。
「スピードと云うのは相対的なものじゃよ」
 興堂範士は万太郎が頭を起こしてから云うのでありました。「相手を無視して早く動いても関係がギクシャクするばかりじゃ。相手がどう仕かけてこようとこちらのペースに引きこんで仕舞えば、こちらの速さに相手が自然とあわせて来る」
「しかし親父さんの技のスピードは、総士先生のスピードよりも確実に早いぜ」
 威治教士が口を挟むのでありました。まあ、稽古中ではないのだから、威治教士のこういう狎れた物腰も百歩譲って許されるかと、万太郎は公憤を呑みこむのでありました。
「成程ワシの方が技のスピードは早いかも知れん。しかしそれはワシがスピードで以って体裁を繕って、ワシの技の拙さを誤魔化しているのかも知れんぞ」
 興堂範士は威治教士に向かって食えない笑いをして見せるのでありました。万太郎は意外な興堂範士の言葉に、竟々その顔を凝視するのでありました。
「いや、技の威力からしても拙さを誤魔化していると云うのではないと俺は思うけどね」
「そんな事、ワシならぬ身の知り得べき事か。実際ワシは実力ではあにさんには到底叶わんのじゃよ。あにさんはワシみたいにスピードと当身で相手を翻弄して、あっという間に荒々しく投げ倒すなんと云う技は決して使わんお人じゃ。あにさんにはひょっとしたら、相手を投げる事も必要ないかも知れん。相手と向きあった途端にもう、あにさんの勝ちは決まっておるからのう。見た目と違ってあにさんとはそう云う凄まじいお人なんじゃ」
 そう云う興堂範士の表情はこれ以上ない程真面目なものでありました。
(続)
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