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お前の番だ! 170 [お前の番だ! 6 創作]

「ああ、申しわけありません。有難うございます」
「ううん別に」
 あゆみは手を横に小さくふりながら万太郎の横のパイプ椅子に腰かけるのでありました。万太郎も並んで元の椅子に腰を下ろすのでありました。
「来場者は大勢来るんですか?」
 万太郎はあゆみから貰った茶で口の中の饅頭を呑み下してから訊くのでありました。
「そうね、初日は大勢来るわ。それから最終日にも。間の日はそれ程でもないかな」
「多い時は一日何十人とかですか?」
「ううん、何百人、の単位よ。と云っても三百人とかはないけど」
「へえ、そんなに。それじゃ大忙しじゃないですか」
 そうは云うものの、実際のところの忙しさ加減は万太郎には判らないのでありました。
「それ程でもないわよ、実感は。忙しくて目が回る、なんて風じゃないわ」
「その間、裏方の力仕事、みたいなものはありますか?」
 万太郎は自分の鼻先を自分で指差すのでありました。
「そうねえ、昼食の買出しとか、上野駅にお客さんを迎えに行くとか、そのくらいかしら」
「それじゃあ僕みたいなヤツは、手持無沙汰ですかね?」
「ま、ちょっとしたお遣いもあるし、居てくれると何かと心強いわよ」
「何なりと仰せつけてください。折角来たんだから働かないと来た甲斐がない」
「会場警備とか、大岸先生のボディーガードとかあるかもよ」
「おお、それなら僕の仕事にうってつけです」
 万太郎は力瘤を作ってみせるのでありました。「尤もあゆみさんも居るわけだから、暴漢が襲って来たりとか、何かその類の不慮の事態があったとしても僕の出る幕はないか」
「え、あたし?」
 あゆみは少したじろいだ風情で、先程の万太郎の真似をするように自分の鼻先を自分で指差すのでありました。「こんな格好であたしが暴漢に立ち向かうわけ?」
 あゆみは着物の袖を持って広げて見せるのでありました。
「ああ、その格好じゃ動けないか。家から袴を持ってくれば良かったですね」
 万太郎は満更冗談でもないような口ぶりで云うのでありました。
「まあ、暴漢が来たら万ちゃんに任せるわ。暴漢なんて来ないと思うけど」
「暴漢がどうしたの?」
 大岸先生が並んでパイプ椅子に座っている二人の傍にやって来るのでありました。万太郎とあゆみはほんの僅かな時間差をつけては椅子から立ち上がるのでありました。
「いえなんでもありません。無駄話しです」
 あゆみが口に手を添えて笑って見せるのでありました。
「そろそろ開場時間だから、二人で受付に座っていてくれない?」
「はい。承りました」
 あゆみがお辞儀するのにほんの少し遅れて万太郎も頭を下げるのでありました。
(続)
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