お前の番だ! 160 [お前の番だ! 6 創作]
下座隅に万太郎と並んで座っていたあゆみが、興堂範士に向かって整斉とした座礼をするのでありました。いきなり指名されてたじろいでいるようでは総本部教士の名折れだと云う気概が、その容に現れているようでありました。
「押忍。ではご指名ですので、号令をいたします」
あゆみはそう云って静かに頭を起こすのでありました。「全員起立!」
道場に響くあゆみの号令に下座の門下生達が「オウ!」と和して畳を両手で打って素早く立ち上がるのでありました。あゆみの声は総本部での稽古の時と同様に凛然としていて、これから始まる稽古の緊張感をいや増さずにはおかないのでありました。
「基本稽古隊形に!」
門下生達はきびきびとした動作で道場一杯に広がって、正面の見所に座った興堂範士の方を向いて直立不動の姿勢を取るのでありました。あゆみの気合の入った号令に依り、左右の構えから手刀や拳や猿臂での単独打ちこみの形が終了すると、門下生達の息は弾んで額から汗が滴り落ちるのは総本部道場での稽古と同様でありました。
技の相対稽古になるとあゆみは専門稽古に参加している二人の、あゆみと同年配らしき女性の門下生達と三人で組んで、指導的に組形の稽古を行うのでありました。万太郎は何時ものように、威治教士や花司馬筆頭教士、それに興堂派の古参の門下生達と折々相手を換えながら稽古に励むのでありましたが、これは興堂範士の、なるべく多くの興堂派門下生と組む方が万太郎の稽古に資するであろうと云う配慮からでありました。
興堂範士と、万太郎と組まない折の威治教士、それに花司馬筆頭教士、或いはその二人共が稽古する門下生達の間を回って指導をするのでありましたが、先ず万太郎は花司馬筆頭教士と、立ち取りの腕一本抑え、と云う技の稽古をするのでありました。この技は基本中の基本の技であり、この場にいる専門稽古生達は繁く稽古しているものであります。
「では先ず自分とお願いする」
花司馬筆頭教士は万太郎の正面に座って意欲的で好意的な微笑を湛えて座礼してから、万太郎を道場中央に誘うのでありました。お互いに組み馴れた間柄でありましたから、万太郎と花司馬筆頭教士はスムーズに、ゆっくりとした動きから次第にスピートとパワーを上げながら興堂範士の止めの号令がかかるまで組形稽古を繰り返すのでありました。
二人の動きはまるでこの組形の見事な典型を、無念無想で直向きに演武していると云った風でありました。近くで稽古している門下生達が時々、自分たちの稽古を忘れてその演武の美しさに思わず見惚れて仕舞うくらいであります。
しかし組形を演じている二人には、滑らかな仕手と受けの交換の中に、お互いの修めた同じ、腕一本抑え、と云う技であっても総本部と興堂派の微妙な違いを感受して、その違いは如何なる動静や力加減や息のあわせ方から発生しているのかを、厳しく見極めようとする緊迫感が漲っているのでありました。勿論、そう云う稽古者としての高い意気が、高速回転する巴模様の如くに二人の頭上に絡み渦巻きあっている辺りが、二人の演武を気品に満ちた張りつめたものにしていると云うのは、敢えて云うまでもない事でありましょう。
「はいそこまで!」
(続)
「押忍。ではご指名ですので、号令をいたします」
あゆみはそう云って静かに頭を起こすのでありました。「全員起立!」
道場に響くあゆみの号令に下座の門下生達が「オウ!」と和して畳を両手で打って素早く立ち上がるのでありました。あゆみの声は総本部での稽古の時と同様に凛然としていて、これから始まる稽古の緊張感をいや増さずにはおかないのでありました。
「基本稽古隊形に!」
門下生達はきびきびとした動作で道場一杯に広がって、正面の見所に座った興堂範士の方を向いて直立不動の姿勢を取るのでありました。あゆみの気合の入った号令に依り、左右の構えから手刀や拳や猿臂での単独打ちこみの形が終了すると、門下生達の息は弾んで額から汗が滴り落ちるのは総本部道場での稽古と同様でありました。
技の相対稽古になるとあゆみは専門稽古に参加している二人の、あゆみと同年配らしき女性の門下生達と三人で組んで、指導的に組形の稽古を行うのでありました。万太郎は何時ものように、威治教士や花司馬筆頭教士、それに興堂派の古参の門下生達と折々相手を換えながら稽古に励むのでありましたが、これは興堂範士の、なるべく多くの興堂派門下生と組む方が万太郎の稽古に資するであろうと云う配慮からでありました。
興堂範士と、万太郎と組まない折の威治教士、それに花司馬筆頭教士、或いはその二人共が稽古する門下生達の間を回って指導をするのでありましたが、先ず万太郎は花司馬筆頭教士と、立ち取りの腕一本抑え、と云う技の稽古をするのでありました。この技は基本中の基本の技であり、この場にいる専門稽古生達は繁く稽古しているものであります。
「では先ず自分とお願いする」
花司馬筆頭教士は万太郎の正面に座って意欲的で好意的な微笑を湛えて座礼してから、万太郎を道場中央に誘うのでありました。お互いに組み馴れた間柄でありましたから、万太郎と花司馬筆頭教士はスムーズに、ゆっくりとした動きから次第にスピートとパワーを上げながら興堂範士の止めの号令がかかるまで組形稽古を繰り返すのでありました。
二人の動きはまるでこの組形の見事な典型を、無念無想で直向きに演武していると云った風でありました。近くで稽古している門下生達が時々、自分たちの稽古を忘れてその演武の美しさに思わず見惚れて仕舞うくらいであります。
しかし組形を演じている二人には、滑らかな仕手と受けの交換の中に、お互いの修めた同じ、腕一本抑え、と云う技であっても総本部と興堂派の微妙な違いを感受して、その違いは如何なる動静や力加減や息のあわせ方から発生しているのかを、厳しく見極めようとする緊迫感が漲っているのでありました。勿論、そう云う稽古者としての高い意気が、高速回転する巴模様の如くに二人の頭上に絡み渦巻きあっている辺りが、二人の演武を気品に満ちた張りつめたものにしていると云うのは、敢えて云うまでもない事でありましょう。
「はいそこまで!」
(続)
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