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お前の番だ! 161 [お前の番だ! 6 創作]

 十五分程の、立ち取り腕一本抑え、と云う技の反復組形稽古の終了を告げる興堂範士の声が道場に鳴り響くのでありました。門下生達は一斉に下座に下がって正坐して、次に稽古するべき興堂範士の手本の技を待つのでありました。
「さて次は、今の腕一本抑えの捌きを使って、相手を前に抑えこむのではなく後ろに投げ捨てる技の稽古をするのじゃが、・・・」
 興堂範士はそう云いつつ万太郎を指差すのでありました。万太郎は即座に反応して立ち上がると、興堂範士の前に駆け出るのでありました。
 興堂範士は門下生達に見本の技を示す時に、万太郎の姿が道場内に在れば屡、万太郎を自分の技の受けに選ぶのでありました。万太郎にとってそれは光栄な事でありました。
 お互いに立礼をして一間の距離を挟んで構えると、興堂範士は万太郎に中段を突くように手ぶりで指示するのでありました。万太郎は興堂範士の動きを注視して 左半身から右正拳を脇に静かに構えるのでありましたが、興堂範士の誘いの微小な体の動きを察知したら、すぐさまその正拳を興堂範士の鳩尾に向かって突き出すのであります。
 興堂範士の体が攻撃開始の前触れのようにほんの少し前に傾ぐのでありました。後の先として、それを見逃さず万太郎は一歩大きく右足を前に跳びこむように進めて、渾身の力を右拳に乗せて興堂範士の水月目がけて一直線に突き出すのでありました。
 興堂範士は絶妙のタイミングで体を開いて、万太郎の懐に飛びこむように回転してそれを避けると、同時に万太郎の顔面に向かって素早い裏拳の当身を繰り出すのでありました。万太郎は咄嗟に左手を自分の顔の前に翳してそれを避けるのでありましたが、この避けるための動作が万太郎の体の安定を少しく崩すのでありました。
 興堂範士はその崩れを見逃さず、万太郎の伸び切った腕を手刀で丸く外に返して万太郎の正拳突きを往なし泳がせ、左手で万太郎の奥襟を掴み、右足で万太郎の右足踵を払うのでありました。万太郎は興堂範士に足払いされて後ろに体を反らされながら宙に舞い、奥襟を取った興堂範士の左手によって直下の畳に頭から引き落とされるのでありました。
 万太郎は反射的に左手で畳を強く打って受け身を取るのでありました。興堂範士の足払いと奥襟の引き落とのタイミングがこれ以上ないくらいにピタリとあっているので、万太郎の体は逆様に近い角度で後頭部から畳に落とされるのでありました。
 それに興堂範士が技に手加減を一切しない人なので、その危険と紙一重の体術の技を受けるには鉄壁の受け身のセンスが要求されるのであります。でありますから興堂範士の受けを無難に取れるのは興堂派道場では花司馬筆頭教士と板場教士と、後は二三の古い色褪せた黒帯を締める門弟くらいで、派外では万太郎が唯一と云えるでありましょうか。
 興堂派新人内弟子の堂下にしても未だ々々、興堂範士の受けを安全に熟すのは無理と云うものでありましょう。それに恐らく威治教士も、ひょっとしたら荷が重いかも知れないと万太郎は秘かに思っているのでありました。
 威治教士は外連に満ちてはいるものの、仕手としての実力は教士の称号に恥じないものがあると云えるでありましょう。しかし受けに関しては稽古の集積が見られず、稽古する気もないようだから、見事な受け身は取れないのでないかと思われるのであります。
(続)
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