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お前の番だ! 111 [お前の番だ! 4 創作]

「いやしかし、あゆみちゃんは料理は上手いし家向きの事は何でも手際良く熟すし、礼儀正しいし、諸事に弁えもあるし、それでいて武道は強いし、見目も凛としていて美人だし、何処に出しても恥ずかしくない、あにさんのご自慢の娘さんに育ちましたなあ」
 興堂範士があゆみを誉めそやすのでありました。
「いや、あれも母親を亡くして以来私が男手で育てたものだから、何に依らずがさつで女としての躾はまるで成っておりません。まあ、武道上の躾は厳しく仕こみましたがなあ」
「いやいや、あの子は利発ですから、男であるあにさんのどうしても行き届かないところも自分でちゃんと身につけておりますよ。今時あんな良い子は珍しいですわ」
「ま、話し半分、いや三分の一として聞いておきましょう」
 万太郎がふと威治教士の方を見ると、威治教士は心持ち目を輝かせて是路教士と興堂範士の顔に交互に目を動かしながら、二人の会話を聞いているのでありました。どうしたものかその顔が、万太郎には何やら不快に下卑て見えるのでありました。
「おい折野、そろそろ道場の方に行っていろ」
 興堂範士と是路総士の話しが一息を挟んだ折を窺って、鳥枝範士が万太郎に顔を向けて指示を出すのでありました。
「押忍。では」
 万太郎はそう返事して一同の方に向かって格式張った座礼をするのでありました。
「じゃあ折野君、また後で」
 興堂範士が片手を上げて見せるのでありました。
「押忍」
 万太郎は興堂範士に向かって更にお辞儀してから師範控えの間を出て、廊下でもう一度座敷の中に向かって座礼をしてから障子戸を閉めるのでありました。
「随分お茶出しに時間がかかっていたなあ」
 道場に戻った万太郎に良平が話しかけるのでありました。
「ええ、ちょっと道分先生に呼び止められまして」
「何か万さんに特別な話しでもあったのかい?」
「僕等二人、来月から神保町の道分先生の道場に週一で出稽古に行かされそうですよ」
「二人揃ってかい?」
「いや、一人ずつ別の日になるようです」
 万太郎がそう云うと良平は複雑な表情をして見せるのでありました。良平としては興堂範士の道場に出稽古に行くのは、内弟子としての武術修行の上で有益であるとは思うのでありましょうが、当然そこには苦手にしている威治教士も居ると云う事であります。
「息子先生にしごかれに行くわけかい?」
 良平の眉根が少し寄せられ、目に少しのたじろぎが表れるのでありました。
「いや、特段そう云うわけでもないでしょうが」
「前からそう云った話しがあったのかな?」
「総士先生がふとそう思いつかれて、道分先生が請け負われたと云う按配です」
(続)
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