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お前の番だ! 112 [お前の番だ! 4 創作]

「ふうん、成程ね。体術の技法は少し総本部道場と違うところもあるから、向こうの技を体験させて貰えるのは大いに面白そうだが、しかし息子先生にご教授いただくのは勘弁して欲しいもんだなあ。万さんは何となく息子先生に一目置かれているところがあるようだから、そんなに苦にもならないだろうが、俺なんざお互いに忌み嫌っているのが判っているから、飛んで火に入る夏の虫状態で息子先生に手ひどく扱われるんだろうなあ」
 良平はそう云ってため息をつくのでありました。
「僕は別に威治先生から一目置かれてなんかいませんよ」
「いやいや、俺が総士先生の剣術稽古の時について行くと、まるで人扱いしないような態度をとるけど、万さんには少し遠慮しているらしいじゃないか」
「何処からそんな話しが出るんですか?」
「何処と云うわけでもないが、道分先生がこっちに来る時について来る花司馬さんやら板場さん辺りと話しをしていると、何となくそう云ったところが推し量れるよ」
 確かに普段より良平から聞かされる威治教士の彼に対する態度なんと云うものは、傲慢そのものと云った風でありました。良平の是路総士の手前を憚る抑制心と、それに同じ常勝流ながら別派として独立する興堂派への遠慮と、しかし別派ながらも同流の先輩後輩の順を尊ぶ自制心なんかを巧みに暗黙の方便に用いて、随分と無体な悪戯を仕かけてみたり、全くすげない態度や歯牙にもかけないような接し方をしているようなのでありました。
 しかし万太郎は威治教士から、良平から聞かされる程の侮りを受けた覚えはないのでありました。剣術稽古の折に感じる鬱泱とした対抗心とか、組形稽古であるのに何かとこちらの動きの意表を突こうとする不見識さなんぞは頻りに感じるのでありましたが。

 万太郎と良平がお互いの黒帯姿の写真を撮りっこした次の日、真新しい黒帯を締めて道場に現れた万太郎と良平を、普段一緒に稽古をしている夜の部の一般門下生達が祝福してくれるのでありました。二人は照れ臭さと誇らかな心情相半ばと云った笑顔で、祝意を表してくれる門下生達に一々軽く一礼しながら礼を云うのでありました。
「道場に住みこんで内弟子としての一日七時間の猛稽古に一年間耐えてきたんだから、そりゃあ精々週に二三度稽古するのがやっとの俺達とは違って、早々に黒帯になるのは考えてみれば当たり前の話しさ。いやまあしかし、兎に角おめでとう」
 万太郎と良平の二人とほぼ同時期に入門した一般門下生の新木奈紋太と云う門下生が、最後に祝意を表するのでありました。新木奈は万太郎達より五歳年上でありました。
 大手の建設機械メーカーの開発部に勤めていて、取引のある鳥枝建設の線から常勝流と云う武道を知って、総本部道場に一般門下生として入門してきたのでありました。写真撮影やら旅行やら歌舞伎鑑賞やら、ダイビングやらスキーやらゴルフやらドライブやらと色々多趣味な男で、常勝流の稽古もその多趣味の一環として始めたようであります。
 内弟子の二人にとって一般門下生は、道場で軽口くらいは云い交わす事はあるにしても、専門稽古に来る準内弟子の門下生達よりは親しまない存在でありました。しかし新木奈は入門が同時期と云う事もあって、普段から頻りに二人に話しかけてくるのでありました。
(続)
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