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お前の番だ! 103 [お前の番だ! 4 創作]

「先の総士先生の口ぶりからすると、別派とは云え、交流はあるのですね?」
「そう。お父さんは月に一度剣術の出張指導に行っているし、興堂先生も二月に一度くらいこちらに体術指導に来るわ」
「道分さんは常勝流の体術の使い手としては随一だな」
 是路総士がそう云うのでありましたが、随一、と云う事はつまり、是路総士よりも剣術は兎も角として、体術では興堂範士の方が腕前に於いて上だと云う事なのでありましょうか。それとも、自分を除いて、と云う言葉が省略されているのでありましょうか。
 体術を主とする常勝流の同門ならば、総帥たる是路総士が体術のトップであって貰いたいと云う万太郎の思いは、自分が是路総士の内弟子となったがためだけではないのでありました。その方が常勝流の組織的な容としても、すっきりしているではありませんか。
 総帥が技術に於いてその下の誰かに憚りを持っていると云うのは、組織に属する者として何やら気分の上で落ち着かなさを感じて仕舞うのであります。まあ、是路総士は別に興堂範士を憚っている、と云うものでもないかも知れないのではありますが。
「明日は稽古がない日だから道場に顔を出さなくても良いぞ。一日ゆっくり休息して、火曜日にはまた元気にやって来い」
 暇乞いに居間の是路総士の方に向かってお辞儀をする万太郎に、是路総士はそう云って笑って見せるのでありました。その笑いには、初めての稽古で大いに疲れたであろう万太郎への労わりと同時に、万太郎が初日で音をあげて仕舞って、火曜日以降道場に現れなくなるのではないかと云う危惧もこめてあるように感じられるのでありました。
「押忍。また火曜日の朝に参ります」
 万太郎は努めて快活に云うのでありましたが、云い様が必要以上に快活過ぎてもまた是路総士の憂慮を深める事になるだろうから、その辺の声色の匙加減が難しいところであります。実際万太郎は全く音をあげて等いないのでありましたから。
「今日の稽古で懲りたりしないで、火曜日には屹度来いよ」
 憂慮は良平も抱いていたようで、納戸兼内弟子部屋まで一緒についてきた良平は、万太郎の稽古着の入ったバッグを取り上げる動作を見ながら声をかけるのでありました。
「押忍。また火曜日から色々教えてください」
「実際、もう懲り々々なんて思っていないか?」
「いや、別に」
「本当にそうか?」
 良平は万太郎の顔を結構真剣そうな目で窺うのでありました。
「生一本に、本当ですよ。稽古のきつさは想像していた範囲の内でしたから」
「ああそうか。それなら末頼もしいが」
「前に、二日目以降姿を見せなくなった内弟子がいたのですか?」
「うん。あゆみさんや鳥枝先生に聞いた事がある。一人や二人ではないそうだ」
「まあ、僕は大丈夫ですよ」
 万太郎は無表情に近い真顔で、努めて呑気そうな口調で云うのでありました。
(続)
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