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お前の番だ! 102 [お前の番だ! 4 創作]

 この一般門下生稽古後に五時からもう一度専門稽古があって、万太郎はまた正坐で見取り稽古をするのでありました。今度は少し慣れたせいか稽古終了時に然程の苦痛を感じる事はないのでありましたし、足の痺れも思ったより早く回復するのでありました。
 これで日曜日の稽古は終了するのでありました。万太郎は行きがかりから寄敷範士の着替えを介添えして、その後あゆみと良平共々玄関に寄敷範士を見送るのでありました。
 寄敷範士が帰って道場の後片づけも終えて、稽古着も着替えて、七時からの夕食を食堂のテーブルで囲んだ時に万太郎の向いに座ったあゆみが訊くのでありました。
「疲れた?」
「ええ、未だ足に力が入りません」
 万太郎はそう云う割に然程憔悴した顔はしていないのでありました。
「俺も初日はそうだったな」
 これは横に座っている良平が、野菜炒めを口に頬張りながら云う言葉であります。「食欲もすっかりなくなって仕舞ったくらいだった」
「万ちゃんは、食欲は失くしてないみたいね?」
 あゆみが茶碗から飯を大量に口に運ぶ万太郎を見ながら云うのでありました。
「押忍。体中の力はもう殆ど残っていませんが、胃の力は何時もと変わらずですね」
「そう云えば良君は確かに初日の時に、精も魂も尽き果てたって顔して、茫然と目の前の料理を手出しもせずにげんなり顔で見ていただけだったわね」
「あゆみさんの料理はとても美味いのですが、どうしてもそれが食えませんでしたよ」
「あら、それ半分おべんちゃら?」
「ええ。チャンスがあれば空かさずよいしょをするのが自分の身上ですから」
「武道の内弟子と云うより、何か落語家の内弟子にみたいな感じ」
 あゆみが口元に箸を持った右手を添えて笑うのでありました。
「何ならウチを止して落語家の内弟子になるか? 道分さんの道場に何某とか云う落語家が稽古に来ているようだから、何なら紹介してやろうか?」
 居間の座卓で一人離れて食事をしている是路総士が会話に参加するのでありました。
「いや、現段階ではもう少しこちらに居させていただきたいと思っております。あゆみさんの手料理が食えなくなるのは残念ですから」
「何だ、あゆみの料理狙いでここに居るとあっさり白状しおったな」
「まあ、それが総てではありませんが」
 良平がけろりとそう応えると是路総士は箸の動きを止めて大笑するのでありました。
「道分さん、とおっしゃるのは?」
 万太郎が訊くのでありました。
「お父さんの弟弟子に当たる人で、神保町に道場を構えている道分興堂先生と云う方」
 あゆみが万太郎の質問を引き取って是路総士の代わりに応えるのでありました。
「ああそうですか」
「同じ常勝流でも、あちらは総本部からは独立した別派と云う位置づけになるの」
(続)
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