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お前の番だ! 104 [お前の番だ! 4 創作]

「ああそうかい」
 良平は万太郎が火曜日に屹度来るようにともっと念押ししたそうでありましたが、あまりしつこく云って万太郎にげんなりされると困ると思ったようで、最後に納得顔に一つ頷いて見せるのでありました。ただ、頷いた後に縋るような目をして万太郎を見遣るのでありましたが、その目が万太郎には何とも可愛らしく映るのでありました。
 玄関にはあゆみも見送りに出てくるのでありました。
「じゃ、火曜日にまたね」
 あゆみは稽古の時とは全く違う情味のある声色で云うのでありました。
「押忍。暫くは足手纏いにしかなりませんが、よろしくお願いします」
「そんな事ないわ。初めてなのに今日の働きぶりなんか見ていたら、要領は良いしてきぱき動いていたし、もう長年内弟子として務めているような感じだったわよ。ねえ、良君」
「その通りです。内弟子になるために生まれて来たような男だと思ったくらいで」
 良平が調子の良い事を口走るのでありましたが、さすがにチャンスと見れば必ずよいしょするのが身上と云うだけあって、この兄弟子は弟分に対してもよいしょの精神を見事に発揮するようであります。ま、それは別に嫌味ではなく、愛嬌と映るのでありますが。
 これから先、この常勝流総本部道場に身を寄せる事になったのは自分にとって好事であろうと、万太郎は仙川駅に向かって夜道を歩きながら思うのでありました。是路総士の人としての奥深さには大いに心魅かれ、内弟子として師事するに屹度足る人でありましょう。
 鳥枝範士も少々口煩いし人扱いが荒けなくはあるにしろ、しかしそれにしたところで決して矩を外す事はないと云う信頼感があるのであります。貫録十分な、いざと云う時に大いに頼りになる上司、と云った風でありましょうか。
 あゆみは一旦稽古着を着て道場に在る時はどこまでも厳しく下僚に接する先輩でありますが、しかしそれはあくまでもけじめからそう自分に強いているのであって、本来は全く以って優しい人柄なのでありましょう。根が真面目なものだから、道場での態度とそれ以外の場所での態度に峻別を設けているのであろうところが傍で見ていても判るのは、これは慎に失礼な云い草かも知れませんが、寧ろ微笑ましいと云うものであります。
 良平は兄弟子ではあるものの同い歳であり、必要以上に兄弟子たるを気取るところもなさそうで、まあ、つきあい易い同僚と云えるでありましょう。総じて常勝流総本部道場に於いてこれから先睦むべき面々は、嫌な癖のないさっぱりとした人達のようであります。
 稽古の雰囲気も一般門下生稽古と内弟子や準内弟子の専門稽古では色あいに多少の差はあるものの、総じて参加している者は皆、容儀も行儀も良く無駄口を利かず武道的礼容を弁え、清明であり真摯であり意欲的であります。稽古人数も道場の広さに対して適正であり、厳かな雰囲気を乱すような大人数ではないのが好ましいと云えるでありましょう。
 修めんとする武技にしてもその日目のあたりにした体術は、鋭く鮮やかで、尚且つ呆れ返る程に複雑怪奇過ぎる事のない、見ているだけで合理である事が判る明快なものが殆どでありました。徒に力に頼る事も力を軽視する事もなく、ただ効率的にそれを用いる事に専念しようとする、努力次第で修得の可能性を充分感得させるものでありました。
(続)
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