お前の番だ! 95 [お前の番だ! 4 創作]
「僕でよろしいのでしょうか?」
万太郎はたじろぎの表情を作るのでありました。
「剣道をやっていたのだから、袴のつけかたも知っているのだろう?」
「ええ、一応は。しかし全くの我流ですし、剣道とは少し着付け方が違うようですし」
「まあ良い。こっちであれこれ指示するからその通りにやってみろ」
寄敷範士はあくまでも万太郎に介添えさせるつもりのようであります。
「良い機会だから承ってみろ、折野」
これは是路総士の言葉でありました。是路総士は湯呑を片手に持ってニヤニヤ笑いしながら万太郎を見ているのでありました。
「ほれ、早くせんと稽古が始まって仕舞うぞ」
寄敷範士が万太郎に手招きをするのでありました。
「押忍。では」
万太郎は膝行で寄敷範士の傍まで進むのでありました。丁度その時、障子戸の外で良平の声がするのでありました。
「お茶を持ってまいりました」
そろそろと障子戸を空けた良平が、寄敷範士の傍に両膝つきになって控えている万太郎を見て怪訝な顔をするのでありました。
「着付けは自分が介添えします」
良平は茶を載せた盆を部屋の中に静かに押し遣り、その後自分も膝行で部屋に入ってから云うのでありました。「着付けの折は自分と交代する事になっていましたので」
「まあ良い。折野にやって貰う。お前は道場に先に行っていろ」
寄敷範士は良平に、まあ、一見すると同じ仕草に見えるのでありますが、さっき万太郎を手招いたのとは逆の感じで手首を動かしながらそう命じるのでありました。良平は恐らく、介添えの交代のために待っていた納戸兼内弟子控え室に万太郎がちっとも来ないものだから、茶を運びがてら様子を覗きに来たのでありましょう。
「押忍。では自分は道場に行っております」
良平は茶を座卓の隅に置くと先ず万太郎の方に心配そうな視線を投げて、それから是路総士と寄敷範士に夫々座礼してからあっさりと座敷を下がるのでありました
稽古着の着付けの介添えは、傍らに控えて催促される物を寄敷範士が持ってきた風呂敷き包みから取り出して渡すだけでありましたから、手際の良し悪しは殆ど関係ないのでありました。しかし袴は、仁王立ちして両手を横に広げた儘の寄敷師範の胴に、細かい手順の指示を受けながら万太郎が四苦八苦して紐を巻きつけなければならないのでありました。
「稽古中に寄敷さんの袴が落ちたら、折野のせいだぞ」
是路総士が湯呑を持った儘座卓の方から冗談を投げるのでありました。
「剣道で慣れているからか、それ程体裁悪くはならなかったな」
つけ終わった袴の股断ちに手を入れて、稽古着のあわせ目を綺麗に直しながら寄敷範士はそう云って笑うのでありました。つまり多少体裁が悪いと云う事でありましょうか。
(続)
万太郎はたじろぎの表情を作るのでありました。
「剣道をやっていたのだから、袴のつけかたも知っているのだろう?」
「ええ、一応は。しかし全くの我流ですし、剣道とは少し着付け方が違うようですし」
「まあ良い。こっちであれこれ指示するからその通りにやってみろ」
寄敷範士はあくまでも万太郎に介添えさせるつもりのようであります。
「良い機会だから承ってみろ、折野」
これは是路総士の言葉でありました。是路総士は湯呑を片手に持ってニヤニヤ笑いしながら万太郎を見ているのでありました。
「ほれ、早くせんと稽古が始まって仕舞うぞ」
寄敷範士が万太郎に手招きをするのでありました。
「押忍。では」
万太郎は膝行で寄敷範士の傍まで進むのでありました。丁度その時、障子戸の外で良平の声がするのでありました。
「お茶を持ってまいりました」
そろそろと障子戸を空けた良平が、寄敷範士の傍に両膝つきになって控えている万太郎を見て怪訝な顔をするのでありました。
「着付けは自分が介添えします」
良平は茶を載せた盆を部屋の中に静かに押し遣り、その後自分も膝行で部屋に入ってから云うのでありました。「着付けの折は自分と交代する事になっていましたので」
「まあ良い。折野にやって貰う。お前は道場に先に行っていろ」
寄敷範士は良平に、まあ、一見すると同じ仕草に見えるのでありますが、さっき万太郎を手招いたのとは逆の感じで手首を動かしながらそう命じるのでありました。良平は恐らく、介添えの交代のために待っていた納戸兼内弟子控え室に万太郎がちっとも来ないものだから、茶を運びがてら様子を覗きに来たのでありましょう。
「押忍。では自分は道場に行っております」
良平は茶を座卓の隅に置くと先ず万太郎の方に心配そうな視線を投げて、それから是路総士と寄敷範士に夫々座礼してからあっさりと座敷を下がるのでありました
稽古着の着付けの介添えは、傍らに控えて催促される物を寄敷範士が持ってきた風呂敷き包みから取り出して渡すだけでありましたから、手際の良し悪しは殆ど関係ないのでありました。しかし袴は、仁王立ちして両手を横に広げた儘の寄敷師範の胴に、細かい手順の指示を受けながら万太郎が四苦八苦して紐を巻きつけなければならないのでありました。
「稽古中に寄敷さんの袴が落ちたら、折野のせいだぞ」
是路総士が湯呑を持った儘座卓の方から冗談を投げるのでありました。
「剣道で慣れているからか、それ程体裁悪くはならなかったな」
つけ終わった袴の股断ちに手を入れて、稽古着のあわせ目を綺麗に直しながら寄敷範士はそう云って笑うのでありました。つまり多少体裁が悪いと云う事でありましょうか。
(続)
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