お前の番だ! 94 [お前の番だ! 4 創作]
午後三時からは一般門下生稽古が始まるのでありました。この稽古とその後五時からの専門稽古は、もう一人の総本部付範士である寄敷保佐彦範士が担当するのでありました。
寄敷範士は一時からの専門稽古が終わった辺りで道場に表れるのでありました。万太郎は未だ正坐後の何となく萎えたような感覚の儘の足を引き摺って、あゆみと良平と三人で寄敷範士を玄関で迎えるのでありました。
「おう、お前さんが今度内弟子に入った折野か?」
寄敷範士は万太郎を見るなり人懐っこそうな笑顔を向けるのでありました。
「押忍。折野です。向後よろしくお願いいたします」
初対面であるから万太郎は格式張ったお辞儀をして見せるのでありました。
「こちらこそ」
寄敷範士はそれに対して矢張り威儀を正した立礼を返してくれるのでありました。寄敷範士は是路総士よりは少し背が高くて、鳥枝範士よりは横幅はないのでありました。
万太郎が寄敷範士を師範控えの間に案内するのでありました。部屋には是路総士が座卓の前に座って茶を飲んでいるのでありました。
「折野、ちょっと中に入れ。寄敷さんに紹介しておく」
是路総士が、廊下で正坐して一礼した後障子戸を閉めようとした万太郎に声をかけるのでありました。昨日までは、折野君、でありましたが、内弟子となった初日のその日からは名前は呼び捨てとなるのでありました。
「押忍。失礼いたします」
万太郎はまた一礼して立って敷居を跨ぐのでありました。
「部屋にはいる時は一々立ち上がらないで、膝行で構わん」
「押忍。以後気をつけます」
万太郎は改めて障子を背にして正坐するのでありました。
「これは今日から内弟子となった折野万太郎と云う男です。学校を卒業するまでは通いの内弟子として努めてもらいます。入ってすぐですから行き届かない点もありましょうが、まあ、色々面倒を見てやってください」
是路総士が万太郎をそう紹介するのでありました。
「折野万太郎です。よろしくお願いいたします」
万太郎は先程の玄関先での挨拶と同じ言葉をもう一度繰り返すのでありました。
「寄敷です。こちらこそよろしく」
寄敷範士も先程と同じような言葉で返して、両手を畳について常勝流の風習に則った綺麗なお辞儀をするのでありました。「ああ丁度良い。折野、私の着替えを介添えしろ」
寄敷範士が上体を起こした後、ふと思い立ったようにそう命じるのでありました。万太郎は稽古着を全く着慣れていない上に、袴のつけ方もさっぱり知らないのでありましたから、介添えはすぐに良平と変わる段取りでありました。
しかし内心及び腰ながらも、命とあらば万太郎がやるしかないのであります。それにこれは恐らく、早く万太郎に着付けを覚えさせようと云う寄敷範士の配慮でありましょう。
(続)
寄敷範士は一時からの専門稽古が終わった辺りで道場に表れるのでありました。万太郎は未だ正坐後の何となく萎えたような感覚の儘の足を引き摺って、あゆみと良平と三人で寄敷範士を玄関で迎えるのでありました。
「おう、お前さんが今度内弟子に入った折野か?」
寄敷範士は万太郎を見るなり人懐っこそうな笑顔を向けるのでありました。
「押忍。折野です。向後よろしくお願いいたします」
初対面であるから万太郎は格式張ったお辞儀をして見せるのでありました。
「こちらこそ」
寄敷範士はそれに対して矢張り威儀を正した立礼を返してくれるのでありました。寄敷範士は是路総士よりは少し背が高くて、鳥枝範士よりは横幅はないのでありました。
万太郎が寄敷範士を師範控えの間に案内するのでありました。部屋には是路総士が座卓の前に座って茶を飲んでいるのでありました。
「折野、ちょっと中に入れ。寄敷さんに紹介しておく」
是路総士が、廊下で正坐して一礼した後障子戸を閉めようとした万太郎に声をかけるのでありました。昨日までは、折野君、でありましたが、内弟子となった初日のその日からは名前は呼び捨てとなるのでありました。
「押忍。失礼いたします」
万太郎はまた一礼して立って敷居を跨ぐのでありました。
「部屋にはいる時は一々立ち上がらないで、膝行で構わん」
「押忍。以後気をつけます」
万太郎は改めて障子を背にして正坐するのでありました。
「これは今日から内弟子となった折野万太郎と云う男です。学校を卒業するまでは通いの内弟子として努めてもらいます。入ってすぐですから行き届かない点もありましょうが、まあ、色々面倒を見てやってください」
是路総士が万太郎をそう紹介するのでありました。
「折野万太郎です。よろしくお願いいたします」
万太郎は先程の玄関先での挨拶と同じ言葉をもう一度繰り返すのでありました。
「寄敷です。こちらこそよろしく」
寄敷範士も先程と同じような言葉で返して、両手を畳について常勝流の風習に則った綺麗なお辞儀をするのでありました。「ああ丁度良い。折野、私の着替えを介添えしろ」
寄敷範士が上体を起こした後、ふと思い立ったようにそう命じるのでありました。万太郎は稽古着を全く着慣れていない上に、袴のつけ方もさっぱり知らないのでありましたから、介添えはすぐに良平と変わる段取りでありました。
しかし内心及び腰ながらも、命とあらば万太郎がやるしかないのであります。それにこれは恐らく、早く万太郎に着付けを覚えさせようと云う寄敷範士の配慮でありましょう。
(続)
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