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お前の番だ! 48 [お前の番だ! 2 創作]

 鳥枝範士はそう云うと是路総士に一礼後、部屋を出ていくのでありました。
「まあ、もっと近くにお寄りなさい」
 是路総士が手招きするのでありました。
「失礼いたします」
 万太郎は正坐の儘座卓の方へ躄り、是路総士と対座するのでありました。
「折野君、と云いましたかな?」
「はい。折野万太郎です」
「一応聞くが、君は内弟子に入る事を心から納得しているのでしょうなあ?」
 是路総士は穏やかな眼光ながら一直線に万太郎の顔を見るのでありました。
「はい。勿論です」
 万太郎としては行きがかり上こう仕儀に相なったのであるからして、心から、と問われれば何となく尻の辺りがもぞもぞとする心地なのでありました。しかし、勿論です、と応えた途端、その自分の返答に依って逆にあっさり意を固める事が出来たのでありました。
「内弟子はなかなか煩わしい仕事が多くて、あれこれ気苦労が絶えませんよ」
「覚悟の上です。捨身流にも内弟子の人が何人かいましたし、その人達の行状とか諸事に対する態度とかを見ておりましたから、生半な了見で務まらないのは承知しています」
「ああそうですか。判りました。では、・・・」
 是路総士は傍らに置いてある手文庫から半紙大の紙を一枚取り出すのでありました。「当流の仕来たりだから、一応誓紙を書いて貰いますよ。この紙に私の云う通りに筆記して、最後に戸籍地、それから名前を書いて爪判を押してください。万年筆で結構です」
 是路総士は万太郎の前に紙を押し遣り、これも手文庫から、ペン先が太字のBタイプの黒いモンブランを取り出して半紙の横に置くのでありました。
「失礼します。お茶を持ってまいりました」
 万太郎が丁度万年筆を取り上げようとした時に、障子越しに廊下から女性の声が上がるのでありました。何となく聞き覚えのある声だと思ったので、万太郎は手の動きを止めて上体と首を捻じって後ろをふり返るのでありました。
 静々と障子を開けたのは先程の稽古で万太郎を個人指導してくれた、鳥枝範士が、あゆみ、と呼んでいた女性でありました。稽古着から普段着に着替えているあゆみは廊下に正坐して、部屋の中に向かって手をついて深いお辞儀して見せるのでありました。
 あゆみは頭をゆっくり起こすのでありましたが、部屋の中で上体と首を一杯に捻じってこちらをふり向き見ているのが、先程指導したその男であった事が意外であったらしく、目をほんの少し見開いて見せるのでありました。万太郎も目を瞬かせるのでありましたが、首を限界角度まで捻じっているので瞬かせるべき片方の瞼が少し引き攣っていて、無粋な驚き顔になって仕舞わなかったかしらと何となく怯むのでありました。

 威治教師が急に立ち上がって、是路総士と父親の興堂範士に云うのでありました。
「じゃあ、俺は先に道場の方に行っていますから」
(続)
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