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お前の番だ! 46 [お前の番だ! 2 創作]

 万太郎も一同の真似をしながら、この日相手をしてくれたあゆみと礼を交わすところまで何とか無難に漕ぎ着けるのでありました。あゆみは万太郎との礼を交わし終える暇も惜しむごとく、まるで是路総士の後を追うように早々に道場を立ち去るのでありました。
 稽古後には何か愛想の一言でもあって良いものと思うのでありましたが、彼女にはこの後取り急ぎの用事でもあるのでありましょう。あゆみがかなりの美人であっただけに万太郎としてはそのつれない仕打ちに竟、落胆の心持ち等覚えるのでありました。
 門下生全員との礼を交わし終えた鳥枝範士が万太郎の傍に来るのでありました。
「これから総士先生に挨拶に行って貰うから、ワシの後について来るように」
 鳥枝範士はそう云うと道場出入口の引き戸の方に、万太郎を後ろに従えて歩き出すのでありました。鳥枝範士の動きを認めた良平がそれを見送るため、是路総士にしたのと同じに片膝ついて引き戸に手を添えるのでありました。
 未だ道場に居残って、その日稽古した技や日頃から自分の課題としているところを復習っている門下生達を後に、鳥枝範士は引き戸際に正坐して道場に向かって一礼してから敷居を跨ぐのでありました。万太郎もそれに倣って正坐して両手を揃えてお辞儀してから、廊下を歩む鳥枝範士の後ろに適度な間隔を置いてつき従うのでありました。
 この常勝流総本部道場に於いてはなかなか礼儀作法が厳しいようであります。稽古開始時にしても稽古終了時にしても、それに稽古中に鳥枝範士に教えを受けた時も、門下生同士が夫々に稽古を開始する時も、稽古中に隣で稽古している組の者と受け身を取る時なんぞに不測に体を接触した折も、皆は一々正坐して無精がらずに座礼するのでありました。
 鳥枝範士にしても門下生に座礼をされたら、矢張り一々それに律義に座礼を以って応えるのでありました。稽古中立ったり座ったりと見ていてなかなか大変そうであります。
 道場を出て左に廊下を進み道場玄関を過ぎて、更衣をした納戸兼内弟子控えの間の角を左に折れると未だ奥の方まで廊下が続いているのでありました。廊下の窓から日が射しこんでいるから、玄関が北側にあって折れたこの廊下は西と云う事になるのでありましょう。
 この西側の廊下の奥方は二間分窓が床まで切ってある縁側と云う造りになっていて、廊下に面して障子戸の部屋があるのでありました。鳥枝範士はその部屋の前で廊下の板張りに正坐すると、閉まっている明かり障子の向こうに声を上げるのでありました。
「内弟子志願の者を連れてまいりました」
 中から「はいどうぞ」の返答があるのでありましたが、これは是路総士の声でありましょう。稽古中は結局一度もその声を聴く機会はなかったのでありましたが、鳥枝範士が道場でそのような丁寧なもの云いをする相手は是路総士以外にないでありましょうから。
 鳥枝範士が右手で静かに障子戸を開けるのでありました。窓から射す西日が薄暗い部屋の中に流れ入るのでありました。
 鳥枝範士が部屋の中に向かって座礼するのでありました。横で少し下がった位置に矢張り正坐していた万太郎も同じように頭を下げるのでありました。
「どうぞ中へ」
 部屋の中の是路総士と思しき仁が静和な声で入室を促すのでありました。
(続)
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