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もうじやのたわむれ 217 [もうじやのたわむれ 8 創作]

 画面にはリポーターと思しき、身ぶりが派手で矢鱈饒舌な若い男の霊が、山道を登っている光景が映し出されているのでありました。昼間元気コンビと一緒に登った高尾山のようでもありますが、なんとなく道の様子が違うようでもあります。
 リポーターが散々下らない冗談を云い散らかしながら暫く歩いて行くと、急に道脇の雑木林が途切れて、四方の視界が開けるのでありました。リポーターは、ああいやいや、やっと頂上に着きました、ああいやいや、なんと、さも苦労して登って来たように云いながら、額の汗を大袈裟に拭いて見せるのでありました。如何にも態とらしい仕草であります。
 画面にはリポーターの視線を擬したように、頂上からの下界の眺めが映し出されるのでありました。濃い緑に覆われた周囲の山の斜面を下って行くと、次第に一戸建ての民家や低層の団地やら、大規模ショッピングセンターらしきやら、学校と思しき建物と運動場やらがぼつぼつ現れ始め、建物の泛々は山裾に下って行く程密になっていくのでありました。
 山裾に近い、未だかろうじて緩やかな斜面になっている辺りで、ほぼ真っ直ぐに延びる大きな幹線道路が建物の密集面を横断し、その道路が住宅地とその先にある造船所と思しき工場の建物郡を隔てているのでありました。造船所の工場のトタン屋根が重列している先には、建造中のタンカーらしき船を固定したドックや、全身グレーに塗られた軍用艦の入れられたドック、それに船の入っていいない空のドック等が五つ程横に並び、周りに大きなクレーンが幾本も建っているのでありました。そのまた先には大小の島々や、陸から迫り出てきた岬を浮かべた海原が、遠く視界の途切れる先まで遥望されるのでありました。
 港湾部には方形に造られた幾つかの岸壁に沿って大小の船が繋留されていて、白い貨物船や客船らしきも見えはするのですが、どちらかと云うと陰鬱な暗色に塗装された軍用艦が、矢鱈に目立っているのでありました。どうやらここは軍港としての色彩が濃い港湾のようであります。航行している多くの船も艦の前後に大砲を装備したものが目立ち、その暗い色の船舶が鮮やかに白い航跡を後ろに引いている光景が印象的なのでありました。
 この風景は見た事があるような気がするのでありました。なんとなく拙生の娑婆での生まれ故郷たる佐世保の風光に、瓜二つのように思えるのであります。港の様子の細部まで全く同一と云うのではないし、海岸線の形状も微妙に違ってはいるのですが、しかし昔拙生の住んでいた辺りの裏の山から見遥かした風景と、かなりの部分で重なるのであります。拙生は懐かしさにテレビ画面に吸い寄せられて、思わずときめいているのでありました。
 リポーターが、いやあ見事な河川の眺めですねえ、等と感嘆して見せるのでありました。それを聞いて拙生は、感奮にほんの少し水を差されたような気がするのでありました。
 そうであります。こちらには海はないので、これは河川の眺めなのであります。河岸に設けられた、造船所であり港湾の眺望なのであります。テレビに映し出されている風景と、河川、と云う言葉が拙生の頭の中でどうしても上手く噛みあわないのでありました。
 恐らく三途の川沿いにある、邪馬台郡の中の何処かの港湾都市の一つなのでありましょう。紛れもなくそれは娑婆の佐世保の懐かしい風景とそっくりなのではありますが、しかしそのテレビ画面に見える水面が、実は海ではなくて川である事で、拙生にとっては残念ながらも、決定的に無愛想な風景と化して仕舞ったように思えるのでありました。
(続)
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