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もうじやのたわむれ 215 [もうじやのたわむれ 8 創作]

「以前はふらっと街に飲みに出かけるのも大丈夫でしたが、誘拐の件があって以来、夜の亡者様単独の外出は、なるべくお控え願っております」
「まあそれは仕方がないでしょうかなあ」
「大袈裟さを厭わなければ、勿論お出かけにはなれますよ。フロントに申しつけていただければ、護衛係りがすぐに参上いたします」
「ああそうですか。しかし今日私の護衛についてくれた、逸茂厳記さんや発羅津玄喜さんは、今日の仕事を終えてもうご帰宅されたでしょうしねえ」
「いや、両名は宿直しております。貴方様が明日の思い悩み時間を終えられて、夕方か夜、宿泊施設に戻られるまで、何時でも出動できるようにこの中で待機しております」
「ああそうなんですか。私ごときのために何とも恐縮ですなあ」
「いやまあ、それが警護係りの仕事ですから。それに一般的には三日間の宿直と云う事ですので、思われる程大変な事もありません。結構高額の宿直手当もつきますし」
 コンシェルジュは控えめににんまりと笑って一つ頷くのでありました。
「ま、私は矢張りカフェテリアを利用させて頂きますよ、部屋以外で飲酒するとしても」
「ああ、左様でございますか。如何ようにも貴方様のご随意です」
 コンシェルジュはそう云ってやや深めにお辞儀をするのでありました。
「では私はこれで一旦部屋に引き取って、少し寛いでから夕食を摂りにまた下りてきます。今日は色々お世話になりました。有難うございました」
 拙生が片手を挙げると、コンシェルジュはもう一度深いお辞儀をするのでありました。
 拙生はフロントに、部屋の鍵の預かり証である部屋番号の刻印された丸いプラスチック片を示して、交換に部屋の鍵を受け取るのでありました。部屋に引き揚げてシャワーでも浴びてから、夕食を摂るためにまた下に降りてくるつもりであります。
 しかし部屋に戻ってシャワーを浴びて新しい下着に着替えて仕舞うと、拙生は何となく外に出て行くのが億劫になるのでありました。まあ、亡者は別に腹も減らないのでありますから、夕食も実際は必要ないのであります。これから敢えて下のカフェテリアに行って信州佐久から来た江戸っ子言葉の板前や、中国料理の料理夫やイタリア料理のシェフなんかと、あれこれ賑やかに言葉の遣り取りをするのはしんどいようにも思うのであります。
 まあ、夕食は朝食の時のようにビュッフェスタイルではなくて、例えば娑婆風の、フランス料理のフルコースとか和食の豪華版の懐石とか、中国は清朝宮廷料理の満漢全席なんと云うコース料理を堪能できるのかも知れません。一人豪勢にそう云うのを楽しむのも結構ではありましょうが、しかしそれにしても矢張り何となく面倒ではあります。
 亡者は腹も減らないし疲労も感じないと云うのに、この億劫になると云う気分なんと云うものだけは、ちゃんと備わっているのでありましょうか。実際拙生は夕食を摂るのが億劫になっているのでありますから、ま、備わっているのでありましょう。
 そうでないと亡者が矢鱈と元気に宿泊施設のサービスを、何でもかんでも手当たり次第に全部享受するとなると、それは閻魔庁の経費も嵩んで仕方がないでありましょう。それに職員の鬼連中もそれにふり回されて、てんてこ舞いする事になるでありましょうし。
(続)
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