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もうじやのたわむれ 32 [もうじやのたわむれ 2 創作]

 拙生はその審問官の言葉に、少しの苛々を覚えるのでありました。
「私をからかっていらっしゃるのでしょうか?」
「いやいやとんでもない」
 審問官が掌を苛々と、いや、ひらひらと横にふるのでありました。「あなたはひょっとしたら、九州の出の方でしょうかね?」
「私の出身ですか?」
 審問官は拙生の応えを聞く前に、目の前にある拙生の前世の記録が記してあると云う紙に目を落として、何かの記述を探すのでありました。そうしてすぐに、目指す記述に行き当たると、そこをボールペンのキャップの方で二度ほど軽く打つのでありました。
「そうです。ああ矢張り九州の方だ。長崎の佐世保と云う処ですね?」
「ええ。如何にもその通りですが」
「なんか焦ってくると、なんでもかんでも『ですね』と云うのが、別に九州の方言で話しているんじゃなくても、言葉の区切り目には入りますよね。『それからですね、私はですね、そう云う事をですね、したのですよ』みたいな。それ、九州の方に屡見受けられる特徴のように感じられます。他の地方の方にも、ひょっとしたらあるのかも知れませんが」
「そうですかね」
「私は実は、その喋り口が、前からなんとなく好きでしてね」
 審問官が如何にも好意的な笑みを投げかけるのでありました。「丁寧みたいで、ちっとも丁寧でもなく、文節をその言葉によってより小さく区切る事で、なにかを強調するような口調のようで、特に内容に強調すべきようなところが見当たらないし、単にまわりくどいだけなんだけど、そこはかとない愛嬌は、申し分なくあると云った印象なのです」
「ふうん、そうですか」
 そう云えばそうかなと拙生は思うのでありました。
「あの『ですね』は、どう云った了見でつけるのでしょうかね?」
「別に意味はない、と思うのですが、・・・」
 拙生は少し考えてみるのでありました。「まあ、強いて云えば、後に続く言葉を一瞬立ち止まって、落ち着いて吟味確認するためと云う感じかな」
「後に続く言葉を一瞬立ち止まって、落ち着いて吟味確認する?」
 審問官が拙生の言葉をなぞるのでありました。
「ええ。つまり『それから私はそう云う事をしたのです』とすらっと云わないで、『それから』と云ったところで次の<誰が>と云うのをちょっと確認する間に『ですね』をつけて、で、『私は』と云ったところでまた<何を>と云うのを考えて、その考える一瞬の間が持たないと云うのを気にして『ですね』と云って、『そう云う事を』と云いながら、同じ目的で『ですね』をつけつつ<どうした>と云うのを一瞬吟味してから、『したのです』と、こう云った按配になるのではないでしょうかね。いや、私もこう云いながら、この説にあんまり自信がないのですが。なにせ、今までそんな事考えもしなかったし、そう云う風に喋っていると云う明確な自覚もなかったものですから」
(続)
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