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もうじやのたわむれ 31 [もうじやのたわむれ 2 創作]

 記録官が審問官に確認するのでありました。
「うん、未だそのままかかっているよ。でも、こちらでの初演ももう間近だと、この前賽河原演芸場の特選落語会の高座で松鶴師匠が云っていたけど」
「そりゃ楽しみだ」
 記録官が喜ぶのでありました。
「いやまあ、そう云うちょっと際どくなる話しはこのくらいにして、・・・」
 審問官が一つ咳払いをするのでありました。
「この話しの、どこが際どくなるのでしょうか?」
 拙生が聞くのでありました。
「いやまあ、誰がなにに対してどう際どくなると云うのは、ここで私が上手く説明する事は、なんとなく出来ませんが。・・・」
 審問官が咳払いをもう二つするのでありました。「兎も角、娑婆にあの世があるように、この世にもあの世があるのです」
 この言葉には全く節はついていないのでありました。
「まあ、そうするとですよ、この世でのあの世とは、つまり向こうの世なのですか?」
「はい?」
 審問官が拙生の言葉の意を理解しかねると云う表情をするのでありました。
「つまりですね、向こうの世からあの世へ去ると云う事の裏返しで、向こうで云うあの世からまたあの世へ去ると云うことは、向こうの世ではあの世たるこの世から、また向こうの世の方に帰ると云うことなのですか?」
「はい?」
「いや、ですからですね、・・・」
 拙生の頭皮が冷たく汗ばむのでありました。「つまりなんと云うのか、ここで云うこの世とは向こうではあの世なのですから、この世で云うところのあの世と云うのは、つまり向こうの世と云うことになるのでしょうか?」
「はい?」
 拙生は眉間に皺を寄せるのでありました。
「ですからですね、要するにですね、・・・」
 拙生の語調が思わず少し険しくなるのでありました。
「いやいや、仰ろうとされている事はちゃんと判っていますよ」
 審問官が拙生の話しを遮る掌と満面の笑い顔を、拙生の面前に翳すのでありました。「貴方のそうやって焦っているお顔を拝見していると、結構面白いものだと思って、なんとなく判らないふりをしただけです。失礼いたしました」
「はい?」
 今度は拙生がそう云って、口をポカンと開けるのでありました。
「いやいや、人の悪い真似をして申しわけありません。しかしこうして拝見させて頂くと、貴方の焦った顔と云うのは、妙に愛嬌があって魅力的と云うのか、味わい深いですな」
(続)
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