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大きな栗の木の下で 39 [大きな栗の木の下で 2 創作]

 丁度日曜日で、父も居て、玄関入ったら母が出てきたんだけど、その母のあたし達を迎える顔が如何にも屈託あり気でさ、その顔を見た瞬間、あたしはなんか急に気が重くなって仕舞ったの。母には前以って電話で、大事な人を連れて行くからって知らせておいたの。それに手紙で矢岳君の写真も送ってはいたし、矢岳君がなにをしている人かってことも、その折ちらっと知らせてはいたのよ。そうすれば父に対しても、事前によしなに取り計らってくれるかなって思ってさ。
 でも実際は、様子が変なのよ。母の顔も妙に強張っていてさ。矢岳君もなんとなく母の顔から重苦しい雰囲気を察したみたいで、靴を脱ぐ時も、母に先導されて廊下を歩く時も、固い表情で一言喋らなくなったわ。
 居間では父がテーブルの前に胡坐をかいて座っていたけど、なんか天敵にでも逢ったように、入ってきたあたし達二人を睨むの。父が矢岳君の、ジーパンにジージャン姿を下から上にゆっくり眺め上げて、それからその後視線がちょっと下にさがったのは、矢岳君が持っていたギターケースに目が行ったからだったわ。初対面なのに、背広にネクタイの正装もしないで、ギターケースを持って現れた矢岳君を、父が一瞬で嫌悪したのが判ったわ。そんな父の方だって、普段着の儘だったけどさ。
 まあ確かに、その辺に気が回らなかったのはあたしの所為なんだけど、気軽な雰囲気で、普段の儘の矢岳君の姿で両親に逢った方が、なんとなく良いかななんてことも、あたし勝手に考えていたの。でも、それ、見事に裏目に出たみたい。なんとなくあたし達は父の傍に近寄れなくて、居間の入り口の襖の処におずおずと正坐したの。
 母が台所からお茶を持ってくる間、父もあたしも矢岳君も、一言も口をきかなかったわ。父にしたら自分から話しかけるのは、必要もない機嫌取りみたいでご免だったろうし、矢岳君も矢張り雰囲気から口を開けなかっただろうから、あたしがちゃんと場を取り持つべきだったんだけど、あたしも、なんかげんなりしちゃってね。
 お茶が出て来たって、相変わらず雰囲気は重苦しい儘で、話が始まるわけでもないの。母はそわそわして頻繁にあたしの顔を窺うし、あたしも母と目があうものの、どうしていいか判らないから、なんか困った視線を送るしかないの。
 その内に矢岳君が意を決したのか、口を開いたのよ。
「あのう、突然お邪魔して恐縮です。・・・」
 でも父はそっぽを向いた儘よ。
「お父さん、久しぶり」
 あたしもなんか喋らなくちゃって思って、父の仏頂面に話しかけるの。
「正月でもないのになんで帰って来んだ? それも、こんな男の友達なんか連れて」
 暫くしてやっと父が喋るの。如何にも冷淡に、無愛想に。
 父はあたしが連れてきた矢岳君が、あたしにとってどう云う人であるのかも、矢岳君が何をしに来たのかも、多分母から聞いてちゃんと判っているはずなのにそんなことを云うのよ。だからあたしは、勿論矢岳君を紹介するために来たんだし、それはもう判っているんでしょうなんて、ちょっと不機嫌に云ったの。
(続)
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