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大きな栗の木の下で 40 [大きな栗の木の下で 2 創作]

 そうしたら、なんだその口をききようはって、急に怒鳴りだすの。その口調の変わり方が突然だったからあたし吃驚して、目を見開いて息をつめたわ。父が怒鳴ったのを見たのは、あたしが中学生の時以来多分なかったから。
 父も瞬間的に激昂して声を荒げたことを、すぐに悔やんだみたい。父の顔にたじろいだような色が浮かんだのが、あたしには見えたもの。
「まあまあ、お父さん」
 なんて母が慌てて取りなすんだけど、多分その必要はないって、あたし、なんか意外に冷静にそんな状況分析みたいなことしているの。父は常識人だし、体面とか体裁とかをかなり気にするタイプの人だから、自分の興奮した姿をあたしや矢岳君に見せたことを、直後に拙いなと後悔した筈なのよ、屹度。・・・>

 沙代子さんは言葉を切って、横に崩していた両足の膝をゆっくり立てて、それを抱くように両手を膝の屈曲した辺りに巻いて座りなおすのでありました。
「沙代子は、場合に依っては、妙にクールなところがあったもんなあ、高校生の頃から」
 御船さんは少し丸まった沙代子さんの背を、横目で見ながら云うのでありました。
「どう云うタイミングで急に冷静になるのか自分でも判らないけど、確かにあたし子供の頃から、怒られていてもその怒られている内容とかには気が向かずに、その人の唇の皺の動きとか、歯並びとか、鼻の穴が膨らんだりする様子とか、眉の動きとかを、へえとか云う感じで面白く眺めていたりすることが時々あったわ。これ、なんなんだろうね? でも大概の場合は、おっ魂消て、目をしっかり閉じて、わなわなしているんだけどね」
「根本的に、いけ図々しく出来ているんじゃないのか、人間が?」
 御船さんは笑いながらそう茶化すのでありました。
「そうかも知れないけど、そうじゃないかも知れないもん」
 沙代子さんが横目をして、その大きな目で御船さんを睨むのでありました。この表情も御船さんにとってはとても可愛らしく思えて、大好きな沙代子さんの表情の中の一つなのでありました。

 <暫くして、矢岳君が話し出したの。
「突然こんなのが現れて、しかもちゃんとした格好もしないで、不届きな奴だって思われるのはそちらの勝手ですし、僕の方としても申しわけないかとは思いますけど、でも、話しておかなければならないことがあるから、今日こうしてお邪魔したんです」
 これ、別に挑戦的な調子じゃなかったんだけど、でもちょっと言葉が粗いなって感じもしたし、父が冷静じゃなくなっていたから、また発作的に怒鳴るんじゃないかって、あたしは冷や々々したの。ああ、ええと、ところでこの場面では、クールな方のあたしじゃなくて、三対七で、わなわなの方のあたしだったわけね、一応念のため断わっておくけど。
 で、父の眉がピクンと動いて、あたし怖くて叫び出したいくらいだったわ。でも、父は一応堪えたみたいで、矢岳君の次の言葉を待つように口をへの字にして黙っているの。
(続)
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