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大きな栗の木の下で 38 [大きな栗の木の下で 2 創作]

「なんてグループ名だったんだ、そのグループ?」
 御船さんが聞くのでありました。
「ほろにが・バンド」
「え、なんだって?」
 御船さんは眉根を上げて沙代子さんに聞き返すのでありました。
「ほろにが・バンドよ。ビター・スイートのほろにが」
 沙代子さんはそう繰り返して、何故か少し照れ臭そうに笑うのでありました。
「ほろにが・バンドねえ。ふうん。なんかちょっと奇抜な名前だな」
「デビュー曲が『ほろにがいエチュード』って曲だったから、事務所の考えでそんな名前になったんだって矢岳君が云っていたわ。ちょっと安直かなとも、云ってたけど」
「ふうん。まあ、デビュー曲そのものに対する事務所の意気ごみが窺えると云うべきかな」
「なんせ有名なソングライターに依頼した曲だったから、その手前もあってそんなグループ名を考えついたみたい。矢岳君はちょっと媚び過ぎだよって苦笑っていたけどね」
「まあ、そんな感じもするような、しないような」
 御船さんはそう云って少し笑うのでありました。しかしそんな奇抜な名前のグループなら、少しでも売れたのなら御船さんもどこかで聞いたことがありそうなものでありましたが、御船さんにとっては全く初めて耳にする名前なのでありました。
「御船君、知っている、そのグループの名前か、曲の方か?」
 沙代子さんは聞くのでありましたが、沙代子さんがまた首を傾げて御船さんを覗きこむような仕草をしたものだから、髪の毛の膨らみの中に再び沙代子さんの一方の白い耳朶が覗くのでありました。御船さんは秘かにほんの少し嬉しくなるのでありました。
「いやあ、ちょっと記憶がないなあ」
 御船さんはそう云いながら、自分にそう返された沙代子さんが少々気の毒なような気もするのでありました。
「そうよね、知らないわよね。そのデビュー曲はあんまり売れなかったし、それに一枚レコード出しただけで、グループは解散になっちゃったしね」
 沙代子さんはそう云って、耳朶を隠してまた海の方へ顔を向けるのでありました。

 <でも、デビュー曲のレコーディングが終わって、ジャケットの写真撮影なんかも終わって、後処理に少し時間がかかったから、ちょっと矢岳君は時間が出来たの。それでこのタイミングで、矢岳君はあたしの両親に挨拶に行こうって云い出したの。まあ、レコードも出るし、プロのフォークシンガーだって、まあ肩書きのような、生業の実態のようなものも晴れて出来たわけだから、良いチャンスだってことになってさ。で、二人で寝台特急に乗って両親に逢いに来たのよ、この街まで。
「へえ、ここで沙代子は生まれて、高校生まで過ごしたのか」
 なんて、駅に降りて街中を歩きながら矢岳君が云うの。二人共列車の中でものんびり旅行気分だったけど、それはあたしの家に着くまでのことだったわ。
(続)
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