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大きな栗の木の下で 13 [大きな栗の木の下で 1 創作]

「初稽古の時、あたしがそこにいて、御船君驚いたみたいだったわね?」
「うん、驚いた。まさか沙代子が合気道部に入るなんて、考えてもいなかったから」
 御船さんはその時の胸の高鳴りを思い出すのでありました。

 大学入学後、合気道部の初めての稽古は、キャンパス・ガイダンスと云う行事があらかた終わった四月半ばを少し過ぎた頃でありました。薄暗い大学記念館地下の部室の前に集合させられた新入部員は、些か緊張の面持ちで部室のドアが開いて上級生が出て来るのを待つのでありました。
 不意に背中を指で軽く小突かれたので、御船さんはゆっくりと後ろを振り返るのでありました。そこにまさか沙代子さんの顔があろうとは思いもしなかったものだから、御船さんは思わず小さな驚嘆の声を出すのでありました。沙代子さんは御船さんの顔を見ながら、白い綺麗な歯並びを見せて笑うのでありました。
「あれ、なんでお前がここにいるんだ?」
 御船さんの顔からは未だ驚きの色が失せないのでありました。
「あたしも、合気道部に入ったのよ」
 沙代子さんはそう云って肩をひょいと上げて見せるのでありました。
「お前が、・・・合気道部?」
「意外でしょう? でもあたし本当に入ったの」
 御船さんは次の言葉を失くすのでありました。この全く思いがけない、仰天すべき歓喜のために心臓が一際大きな鼓動を開始するのでありました。
 部室のドアが開かれるのでありました。上級生二人が出てきて、一人が腕時計を見ながら云うのでありました。
「集合時間だけど、新入部員は全員揃っているな」
 上級生は指をふり上げふり下げしながら、集まった新入生の頭数を勘定するのでありました。「よし男六名、女三名の都合九名、全員揃っているな」
 その後をもう一人の上級生が引き取って、集まった新入部員に告げるのでありました。
「会議室に行って、幹部との顔あわせとか、これからの活動のことやら諸注意やらをするから、一緒について来るように」
 上級生二人は黙って歩き出すのでありました。新入部員九名は同じく黙って、その後を少し間隔を取ってぞろぞろとついて行くのでありました。
 会議室と云うのは記念館地下に部室のある体育会のクラブが供用に使う部屋で、地下通路の一番奥にあるのでありました。上級生二人が先ず入って中の蛍光灯を点けるのでありましたが、部屋の広さに対して明度が決定的に不足していて、なんとなく陰鬱な雰囲気の部屋でありました。その陰鬱な暗さの中に、長机がコの字に置いてあって奥の壁にはパイプ椅子が十脚程纏めて立てかけてあるのでありました。床のリノリウムのタイルは半分程が剥がれていたり欠けていたりしているのでありました。壁も全体にくすんでいて、所々ペンキが剥がれて、しかも大きな薄汚れた染みが幾つも浮いているのでありました。
(続)
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