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大きな栗の木の下で 14 [大きな栗の木の下で 1 創作]

 正面奥の壁には大きな黒板がかかっていて、それには各クラブの会議室の使用予定が、如何にも読みにくそうな字で乱雑に書きなぐってあるのでありました。この黒板がこの部屋の唯一の装飾品なのでありました。
 上級生二人は奥の長机にパイプ椅子を三脚並べるのでありました。特に椅子を出せとも指示されないものだから、新入部員九名は入口を入ったすぐ横手の壁際に並んで立って、上級生の動きを黙って見ているのでありました。
 暫くすると学生服姿の二人と紺色のスーツを着た一人が、無愛想な面持ちで部屋に入って来るのでありました。新入部員を連れてきた先の二人が、三人に向かって上体をぴんと伸ばした儘腰を折る固い礼をしながら「押忍!」と声を発するのでありました。どうやらこの三人が幹部のようであります。
 三人は奥の長机に並んで腰かけるのでありました。部屋のドアがノックされて、黒いスーツ姿の部員と思しき女性が「失礼します」とこれも固い一礼をして入って来て、持っていた盆の上の茶を、座った三人の前に丁重に置くのでありました。座った三人から見て、左側の壁に沿って新入部員が、右側の壁に沿って件の二人の男子学生と、今茶を持ってきた女子学生が居並ぶのでありました。
 スーツ姿の中年の男が合気道部OB会長で、その右横に座る背の高いがっしりとした体格の学生服の男が四年生の合気道部主将、左横の華奢な体格の嫌に老けた顔の男が同じく四年生の副将でありました。三人は夫々自己紹介と簡単な挨拶をするのでありましたが、右手の壁に居並ぶ上級生三人は各幹部の挨拶の前と後に、揃って「押忍!」と声を上げて揃って礼をするのでありました。こりゃあ如何にも体育会的な雰囲気だと思って、御船さんはやや気押されて緊張の面持ちで、列の真ん中辺りに立ってこの場面に臨んでいるのでありました。
 新入部員は幹部の真ん前に一人々々立って、大声で名前と所属の学部学課、出身地、それから「宜しくお願い致します」の一言を大声で云わされるのでありました。この顔あわせが済むと幹部三人は退出するのでありました。後は残った上級生が新入部員を男女に分けて、合気道部の伝統的風習についてとか、服装から挨拶から、部員としての日常の心得やら仕来たりやら、それに稽古のスケジュールと稽古上の諸注意、当番制の部室の掃除のことや細々した雑用のこと等々教示するのでありました。要は詰まり、早く合気道部の活動に慣れろと、そう云う論旨でありましたか。この上級生三人は何れも二年生で、新入部員の纏め役兼お世話係の役目を仰せつかっているのでありました。
 新入部員はこの後体育棟の道場で、その日の合気道部の稽古をずっと下座に正坐して見学させられるのでありました。稽古の終了時には全員足が痺れて暫く動けないでいるのでありました。それを先程顔あわせした主将が笑いながら、どうだ参ったかと云うような目で一瞥して部室の方へ引き上げて行くのでありました。お世話係の二年生がこの位のことで音を上げるなよと新入部員を叱咤するのでありましたが、まあ云わばこれは新入部員に対する最初の歓迎儀式のようなものでありましたか。御船さんは沙代子さんがこれでたじろいで仕舞って、早々に合気道部を辞めると云いださないかと心配するのでありました。
(続)
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