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石の下の楽土には 70 [石の下の楽土には 3 創作]

 風雪のせいでそれは自然に剥がれてなくなってしまったのかも知れません。そんなこともあるでありましょう。しかし島原さんは気になって、奥さんの墓の納骨棺の蓋を確認してみるのでありました。奥さんの墓のそれは、そんなに簡単に剥がれてしまうものではないと云うことを証明するように、モルタルが未だ綺麗に目地を埋めているのでありました。娘の家族の墓が開かれた時期と奥さんの墓の蓋が開かれた時期は、前に娘から聞いた話によるとほぼ同じ二年前であり、確かにその位の時間の経過で目地に瑕疵が生じることは、余程雑な仕事をしない限りないように島原さんには思えるのでありました。
 では娘の家族の墓の目地が剥がれているのは、故意に剥がした故でありましょうか。そんなことを誰がすると云うのでありましょう。娘でありましょうか。しかし家族の墓を娘が故意に傷つけることはないはずであります。娘を快く思わない誰かが居て、こんな陰湿な悪戯を仕かけたのでありましょうか。娘はこれまで世間との関わりを最小限に生きていたのでありますから、誰かにこのような悪戯をされる程に恨まれるようなことも、まずないのであります。それにそんな目立ちもしない悪戯を考えついて、娘の家族の墓を毀損することに喜びを見出すような人間が、果たして居るのでありましょうか。
 墓を管理する石材会社の仕事が、矢張り雑だったのでありましょうか。それが一番考えられることであります。モルタルの練りが半端であったとか。ま、実際に、そんなところなのでありましょう。妙な部分に自分の目が偶々止まっただけであります。島原さんはそう考えて、自分を納得させようとするのでありました。
 しかし島原さんの目は目地を埋めるモルタルの剥がれだけではなくて、その御影石の蓋自体が本来嵌るべき位置から、ほんの少しずれていることを発見するのでありました。これも奥さんの墓と比べて見るのでありました。奥さんの墓の納骨棺の蓋は、浅く切ってある溝に綺麗に嵌っているので、その置き方に歪みが見られないのでありました。
 歪んでいるように見えるだけなのかも知れないと思って、島原さんは指を使って棺の縁と蓋との左右の寸法差を測ってみるのでありました。すると矢張り等間隔ではなくてほんの一センチ弱、誤差が確認されるのでありました。目地を埋めるモルタルの剥がれと云い、この蓋の置き方の歪みと云い、いったいこの墓はどうしてしまったのだろうと島原さんは考えるのでありました。
 しかしずっと前からそうだったのかも知れないとも、思うのでありました。大体、そんな処になど普段目が行かないから、偶然今日それを発見したに過ぎないのであります。娘の家族の墓は前から、そんな風になっていたのでありましょう。そうすると、矢張りこの墓の直近の納骨の作業をした石材会社の仕事が、いい加減だったと云う結論であります。もしそうなら、島原さんはなんとなく、雑に扱われたことになる娘の家族の墓が可哀想になるのでありました。年端も行かない世間知らずにつけこまれたためなのか、きっちり仕事をして貰えなかった娘のことも妙に不憫に思えるのでありました。
 御影石の蓋の上に置かれた、項垂れたような姿の二輪の花が、島原さんには如何にも哀れに見えるのでありました。それをそこから除けるために島原さんは花に手を伸ばすのでありました。しかしその手が、なにかに驚いたように、急に中空に止まるのでありました。
(続)
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