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石の下の楽土には 69 [石の下の楽土には 3 創作]

 娘はここ暫くの間、墓地に来てはいないのかも知れません。毎日、雨が降る日も台風の日でも来ていた娘が、いったいどうしたと云うのでありましょう。新しいアルバイトのために、毎日来ることが叶わなくなったのなら、それはそれでいいのでありますが、島原さんは何故か妙に不安にかられるのでありました。娘の身になにかのっぴきならぬ事態が出来したのでありましょうか。
 偶々かも知れないと、島原さんはすぐに考えなおすのでありました。取り越し苦労をしてもなんにもならないのであります。島原さんは油断すると膨らもうとする不安を、結構必死で宥めるのでありました。明日は屹度、娘はこの墓地で自分を待っていて、あの可愛らしい笑い顔を見せてくれるに違いないでありましょう。そう考えて島原さんは花立ての二輪の花のように項垂れて、その日も墓の前を離れるのでありました。
 しかし三日目も姿を現さないとなると、矢張りこれはなにか只ならぬ事態が、娘の身に起こったと島原さんは考えないではいられないのでありました。いったい娘は、どうしてしまったと云うのでありましょうか。
 とは云っても、島原さんには娘と連絡を取る術がないのでありました。前に娘が勤めていた花屋へ行ってみようかしらと、島原さんは真剣に考えるのでありました。そこで娘の住所を聞くことは可能かもしれないけれど、しかしはたして店の人が自分にそれを教えてくれるでありましょうか。花屋の近くのアパートを手当たり次第調べてみると云う手もあります。あの辺にはアパートもそんなに多くは建っていないでありましょうし、苗字は判っているのでありますから、アパートの郵便受けをしらみつぶしに見て回れば、探し当てることが出来るかも知れません。
 しかしそれはなんとなく、穏当を欠く行為のように島原さんには思えるのでありました。不審者に間違われたら、叶いませんし。それにそうやって一人暮らしの娘のアパートを探り当てて訪ねたとしても、娘がそんなことをする自分に胡散臭そうな顔でも向けたとしたら、それこそ島原さんはもう娘と墓地で逢えなくなってしまうであります。それは全く以って不本意なことであります。
 結局、もう少し様子をみるかと島原さんは考えるのでありました。娘の家族の墓に挿した花が、昨日よりももっと項垂れているのでありました。島原さんの奥さんの墓に供えた花は、まだちゃんと前を向いていると云うのに。島原さんは娘の家族の墓から項垂れた二本の花を抜き、奥さんの墓からもう二輪花を取って、それを新たに娘の家族の墓に立てるのでありました。一本ずつ立てているから、余計項垂れて仕舞うのかも知れないと思って、先に抜いた花をもう一度花立てに戻すのでありました。しかし二輪ずつの花が挿された娘の家族の墓は、どこかしっくりとこないのでありました。それにそんな風な何時もとは違うやり方で娘の家族の墓に花を供えることが、どうしたものか不吉にも島原さんには思えてくるのでありました。
 島原さんは項垂れた方の花をもう一度抜き取るのでありました。それからその花を二本揃えて納骨棺の御影石の蓋の上に置くのでありました。その時、納骨棺の蓋の目地を埋めるモルタルが、すっかりなくなっていることに島原さんはふと気づくのでありました。
(続)
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