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石の下の楽土には 20 [石の下の楽土には 1 創作]

 娘が中学生の時に、二つ年上のお兄さんが学校の屋上から転落すると云う事故で亡くなったのでありました。墓はその時に今の墓地に建てたのでありました。それから二年後に、彼女が高校生の時、今度は父親が胃癌で他界するのでありました。更に彼女がミシン工場に就職して一年後、父親が他界してから今度もまた奇しくも二年後に、母親がこの世を去るのでありました。
 なにやら薄幸な娘の運命を感じさせるのでありましたが、彼女の話によると、お兄さんと云うのが「グレてどう仕様もないワルで、警察の厄介になったことが何回もあった」人だそうで、結局屋上から落ちた原因は「はっきりとは判らない儘になってるんだけど、誰かと殴りあいの喧嘩してたからに決まってる」と云うことでありました。お兄さんの存在は「お父さんもお母さんも、ほとほと持て余していた」から、亡くなって「皆ホッとしたくらい」であり「だからちっとも悲しくなかった」そうなのであります。
 父親の胃癌は、仕事場の健康診断で見つかってすぐに手術をして、一時は恢復したのだけれど再発が確認されて、結局手術後一年を経ずに他界したのでありました。この時は収入の道が絶えたこともあって、母親は随分と途方に暮れていたのでありましたが、彼女自身は「それ程ショックじゃなかった」のでありました。彼女がもの心ついてからずっと、父親は朝家を出ると仕事と称して殆ど毎日夜遅くに、大抵は日を跨いだ時刻に酔っぱらって帰宅するような人だったから「生きている頃から、顔もぼんやりとしか思い出せない人」であって「そんな人が居なくなったって、別になんともないじゃない」と云うのでありました。
 しかし流石に母親の死は、彼女にとってはかなりの衝撃であったのでありました。彼女はこの世にたった一人残されたのでありました。
 母親の親類が青森の方に居るのでありましたが、母親が亡くなる時にはもう、彼女の祖父も祖母も他界していたと云うことであります。父親と母親が結婚をする折に親族の反対やら結構大変ないざこざがあって、母親は実家と縁を切るような形で父親の元へ嫁してきたそうで、それ以来青森の母方の親類とは殆ど交流がないのでありました。父親は元々縁者の居ない人だったのでありました。
 母親が亡くなった時彼女は既に高校を卒業して、ミシン工場に職を得て社会人となっていたのでありましたが、しかしまだ成人式も済ませていないのでありました。どうしてよいものか全く考えもつかない彼女ではありましたが、会社の上司や先輩同僚が完全に仕切ってくれて、母親の葬儀も墓への納骨もなんとか済ませたのではありました。しかしそれまで母親と二人で住んでいたアパートの家賃が、彼女の収入に鑑みればかなりの負担となってしまって、結局彼女は上司の取り計らいで、会社が幾部屋か一般のアパートから借り上げている独身者用の部屋に移るのでありました。
 一人で住む部屋は、寒々としているのでありました。遺品のように、母親と暮らしていた頃、いやそれよりも前の兄や父親とも一緒に居た頃の家具や小物が幾つか、一人住まいの狭い部屋に並んでいるのでありましたが、それらのものは返って彼女の気分を重く沈ませるのでありました。彼女はその部屋に一人で居ることが怖くなるのでありました。
(続)
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