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石の下の楽土には 19 [石の下の楽土には 1 創作]

「その娘は、何処に住んでいるんですかねえ。親父さんもお袋さんも、それに兄さんも亡くして一人っきりなんでしょう。家族が住んでいた家に、今も一人で住まっているんですかねえ?」
 小浜さんが聞くのでありました。
「ええ、家族は皆亡くなったと云っていましたね。先ずお兄さんが亡くなって、それからお父さんが続いて、お母さんと二人の時は駅の南口近くの二間のアパートに居たんだけど、今は一人で、花屋の近くのアパートに居るとか云っていましたかね」
「それなら、仕事場に行くにも墓に行くにも便利か」
 小浜さんは納得するように頷くのでありました。
「そうですね、そう云う意味じゃ、好都合な処に住んでいると云えるでしょうかね」
「でも、近頃の若い娘だから、仕事と墓参りだけで毎日暮らしているってんじゃないでしょうに。そんなんじゃあ、若い娘には面白いわけがない。五十を過ぎたアタシだって毎日それだけじゃあ、気が滅入りますよ。あそこの辺りは墓石屋ばっかりでスーパーとか買い物する店もないし、飲み屋も喫茶店もないし、それに駅には遠いし、どこかへ友達と遊びに出かけたりするには不便だし」
「それがね、あの娘さんは仕事と墓参りの他は、ほとんど他になにもしないらしいんですよ。一緒に遊ぶ友達なんか一人も居ないとも云っていましたよ。働いている花屋のご主人とも奥さんとも必要なこと以外は話さないし、一緒にアルバイトしている同年輩の女の子が一人居て、もう一人配達専門の男の若い衆も居るらしいんですが、その人達とも挨拶くらいはするけど、仕事中は殆ど何も喋らないんだそうです」
「でも花屋で働いているんだから、お客さんには愛想しないと。商売なんだから」
 小浜さんはそう云いながら、島原さんの猪口に酌をするのは徳利に入っている酒の残量を確認しているのであります。「まあ確かに、殆どが墓参りに来た人相手の商売だから、そう矢鱈に愛想や威勢の良さも必要ないだろうけど、でもそれなりの客あしらいが出来ないと拙いでしょうに」
「それはまあ、そうでしょうけど・・・」
 島原さんもその娘の店での様子を見たことはないでありましょうから、それ以上娘の働きぶりを紹介する言葉を続けることが出来ないようでありました。しかし島原さん自身がずっと寡黙に植字工の仕事をしていたと云うことでありましたから、その娘の店での様子は、島原さんにすればしごくリアルに思い描けているのかも知れません。
 ・・・・・・
 娘と島原さんは互いの墓に手をあわせ終わると、立ち上がってしばらく話をするのでありました。娘は島原さんには割と色々なことを話すのでありました。勿論、聞かれたことに対してだけではありましたが。
 墓石に刻まれている家名が松浦とありますから、娘の姓はそれと同じなのでありましょう。しかし島原さんは敢えて娘に姓名を聞かないのでありました。聞きたくはあるのでしたが、態々名乗りあうと、変に改まり過ぎるような気が島原さんはするのでありました。
(続)
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