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石の下の楽土には 5 [石の下の楽土には 1 創作]

 小浜さんが拙生のアルバイトに応募した経緯などを聞きつつ、なにやら遠慮がちではあるものの時々じっとこちらを見つめるのは、拙生が小浜さんが欲している人材として適切なのかどうか判断するために、拙生の受け応えやら表情やらを観察していたのでありましょう。拙生としたら、まあ聞かれもしなかったので今度は荊軻もサヴィンコフも持ち出すこともなく、しごく当たり前の応答に終始するのでありました。
「ま、そんなら出来たら明日から来て貰えると、助かるんだけど」
 これが小浜さんの採用通知でありました。拙生は宜しくお願いしますと頭を下げて、一応履歴書を書いて来てねと云う小浜さんの要請を快諾して店を出るのでありました。これで当面の生活費の問題は解決であります。
 拙生は週に六日、午後五時に店に入って十一時の閉店後に後一時間片づけを手伝って、それで放免と云うことになるのでありました。最初の話より三十分長く働くのでありましたが、どうせアパートも近所でありましたから、夜の遅いのは全く問題ないのでありました。それに一月換算で仕送りよりも多い稼ぎに、拙生としては大満足でありました。
 まあアルバイトを雇おうかと云うくらいでありましたから、店はそこそこ繁盛しているのでありました。しかしかと云って、格別目が回る程忙しいと云う程ではないのでありました。拙生の仕事は当面掃除や皿洗いや料理と酒の運搬係と云った雑用でありますが、意外にのんびりとした仕事振りで問題はないのでありました。小浜さんもそんなにカリカリと神経を逆立てて仕事をする風ではないし、万事に鷹揚な態度でありましたから、拙生が疲労困憊することなど殆どないのでありました。何より拙生は妙に小浜さんと気があうのであります。拙生にしたら全く都合の良いアルバイトを見つけたものでありました。
 それで、あんまり居心地が良いものだから、拙生は当初の契約の三ヶ月をとうに過ぎても未だ働いているのでありました。拙生は就職なんかしないで、このままこの店に当分居つくかとも考えるのでありましたが、小浜さんの方が拙生の就職を心配するのでありました。
「ウチは大いに助かるけどさ、でも秀ちゃんが早いとこちゃんとした処に就職しないと、郷里のご両親が心配だろうよ」
「いやあ、自分としてはこの儘ここで当分ご厄介になって、将来は飲み屋の亭主と云う手もあるなって、最近そう思ったりしますよ」
 拙生は結構本気でそんなことを考えているのでありました。
「折角大学まで出して、それじゃあご両親ががっかりだろうよ」
「しかし今の不況は当分続きそうな気配だし、地道にサラリーマンやってても、何時会社が潰れるか判らないご時世ですから、案外そっちの方が賢明な選択かもしれませんよ」
「ま、なんとも云えんけどね、確かに」
「自分はこう云う仕事は初めてだったんですが、なんか向いてるような気もします。まあ小浜さんの店で働かして貰っているんで、そう思うのかも知れませんが」
「俺の商売は、呑気なものだからなあ、自分で云うのもなんだけど」
 そんな話をしながら店の片づけが終わると二人で店を出て、小浜さんが軽自動車に乗って家路につくのを拙生は見送るのでありました。
(続)
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