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石の下の楽土には 6 [石の下の楽土には 1 創作]

 島原さんが帰った後、テーブルに残った一合徳利と猪口とカツ丼の器、それにお新香の小皿を片づけていると、小浜さんがカウンターの中から拙生に聞くのでありました。
「島原さんのカツ丼は、もう一月になるかな?」
「そうですね、ぼちぼち」
 拙生はカウンターの中に戻って、今下げてきた食器を流しの洗い水の中に移しながら云うのでありました。
「ほんじゃあ、ぼちぼち違う物を勧めてみるか」
「あの歳で一月カツ丼を続けても腹の調子がおかしくならないのは、島原さんの胃腸はかなり丈夫なんですね、屹度」
「しかし今度は、少し油気の薄い物にした方が無難かな」
 小浜さんはそう云うと明日島原さんに勧めるべき料理を思案するように、豚肉と大根を煮つけている鍋に目を落とした儘、灰汁を掬う手を止めるのでありました。煮汁の甘辛い香りが拙生の鼻まで漂ってきます。
「鰤大根、なんて云うのはどうですか?」
「お、それいいねえ」
「薄味にして、ちょっと減塩で」
「まあ、島原さんが好きかどうか判らないけどね」
 翌日、島原さんに今日から鰤大根はどうかと訊ねると、島原さんは一つ頷いて「じゃあ、お願いしますか」とあっさり応諾するのでありました。
 珍しく、と云うか初めて島原さんは何時ものテーブル席を立って、拙生が調理場へ戻るのについてカウンター席にやって来るのでありました。
「今日はここでご厄介になりますよ」
 島原さんはそう云いながらカウンターの奥から二つ目の席へ腰をかけるのでありました。
「ええ、どうぞどうぞ。珍しいですね」
 小浜さんがカウンターの内側からニコニコと笑いながら掌を上に向けて、それを前に差し出すのでありました。
「偶にはご亭主とお兄さんと話でもしながら、飲もうかと思いましてね」
「こんなむさ苦しいので良かったら」
 小浜さんが笑いながら自分の額を人差し指で小突いて見せます。
「島原と云う私の名前は、以前になにかの折りに云ってましたが、ご亭主のお名前は?」
「小浜と申しますが、まあこう云う場所柄、オヤジと呼んで頂ければで結構です」
 そう云った後に小浜さんは拙生の方を見るのでありました。「それから、こっちの若い衆は秀ちゃんと呼んで頂ければ」
「じゃあ、オヤジさんに秀ちゃんですね」
「はい、そんな風にお呼び願えれば」
 小浜さんはこっくりとお辞儀をするのでありました。その後に拙生も小浜さんよりは少し深く、島原さんに向かって頭を下げるのでありました。
(続)
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