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石の下の楽土には 4 [石の下の楽土には 1 創作]

 だから全く当たり前のこととして、拙生はその就職試験をしくじったのでありました。荊軻の名前を出したところで拙生はなにやら急に、その就職試験がどうでもよくなって仕舞って、拙生の前に居並ぶ四人の面接官の前から早々に立ち去りたくなったのでありました。自分の不注意、或いは悪戯心を抑制出来なくて自らそうしておきながら、直後にええいもう、後はどうでも構うもんかと勝手に短気に、自棄のやんぱちを決めこむのは拙生の悪い癖でありました。
 連続企業爆破事件の記憶も未だ生々しく、成田闘争のピークでもありましたから如何様就職面接試験の場で、尊敬する人物を問われて荊軻だのサヴィンコフだのとほざく拙生も、身の程知らずに世間をなめた真似を仕出かしたものであります。こんな不真面目な者を雇う奇特な企業が不況風の吹き荒ぶ中あろうはずはなかろうし、それ以前に拙生の子供じみた嘲笑ものの応答に呆れ顔の先方の反応を、なにやら拙生に対する畏怖と警戒と不気味さからだと誤解して、自分のしくじりに淫靡な誇らしさなどを感じて仕舞うオメデタい拙生は、成程その企業にとって雇用する何程の価値もない者であったでありましょう。と云うわけで、一社だけ就職試験を受けてそれをしくじった拙生は、お家芸のええい面倒臭いと云う短気を起こして、今後の一年間を気儘に過ごしてそれから就職したって遅くはないわと、実にイサギヨく職探しにあくせくするのを以降放擲するのでありました。
 気楽で短気と云うのは生活には困るものであります。故郷に今年は就職難だからきっぱりこの時点で職探しは諦めて来年を期すと電話で報告したら、途端に未だ卒業まで五ヶ月もあるのにふざけるなと怒られて、来月からの仕送りを止るぞと脅かされたのは予想通りではありました。拙生が慌てて、では鋭意就職活動に邁進するとすぐに前言を翻したのは云うまでもありませんが、しかし来年の大学卒業時に結局ダメでありましたと報告するその言葉を、もうすでに腹の中には用意しているのでありました。
 目論見通り周りの就職活動などどこ吹く風と、竹林に籠ってのほほんとその後の時間をやり過ごして、見事にその後の身の振り方に当てのない儘大学を出されたは良いのでありますが、その時点で故郷からの仕送りは途絶えるのでありました。しかしこれは計算の内でありましたから、今度は拙生は何ら動じることはないのでありました。動じはしないのでありましたが、毎日の飯は食わなければならないのであります。故に拙生は当座のアルバイトを見つけようとするのでありました。
 アパートの近くの駅前商店街をふらふらと歩いていると、幾つかの店先でアルバイト募集の張り紙が目に入ってくるのでありました。その中で選んだのが居酒屋の『雲仙』でありました。時給もそこそこの額であったし、夕方から夜の十一時半までの拘束時間であったから就職活動にもそう響かないかと、まあ、あんまりやる気もない就職活動ではありましたが、一応そっちとの折りあいの点も考慮するのでありました。
 未だ暖簾の出ていない引き戸を開けて中を覗くと、亭主の小浜さんは料理の仕込みの最中でありました。アルバイトで雇って貰いたい旨告げると、小浜さんはカウンターの中から出てきて、拙生に入口脇の席の椅子を勧めてくれるのでありました。小浜さんは第一印象から、あんまり威勢の良いタイプではない風なのでありました。
(続)
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