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枯葉の髪飾りCⅩCⅧ [枯葉の髪飾り 7 創作]

 拙生は意を決して扉を押し開くのでありました。そこは二十畳位の畳の部屋で、奥に祭壇が設えられているのでありました。手前のテーブルの周りには、黒い服装をした吉岡佳世の家族が沈痛な面持ちで座っているのでありました。
「井渕君、来てくれたと」
 入口に突っ立っている拙生にすぐにそう声をかけてくれたのは、吉岡佳世のお母さんでありました。彼女のお母さんは立ち上がって拙生の方へ歩み寄って来るのでありました。ひどく面窶れして見えるのは、この間の心労を物語っているのでありましょう。
「遠いとに、態々申しわけなかったねえ」
 彼女のお母さんはそう続けてから、拙生に上がってくれと促すのでありました。拙生はなんと言葉をかけてよいのか判らずに、ただ深々と頭を垂れるだけでありました。
 彼女のお母さんに案内されて奥の祭壇へ向かう拙生の目に、祭壇の前に置かれた白木の棺が跳びこむのでありました。拙生はその棺から目を離せなくなるのでありました。拙生の体の中に在る力と云う力が一気に抜けていくような感覚に足が萎え、棺の前に近づけなくなるのでありました。
 しかし何時までもそこに突っ立っているわけもいかず、拙生は足を引き摺るようになんとか棺の前まで進むと、その前に置いてある座布団の上にへたりこむように座るのでありました。棺の向こうの白い花で埋め尽くされたような祭壇の真ん中には、吉岡佳世の笑っている写真が黒いリボンをかけられて置いてあるのでありました。その写真は病院裏の公園で拙生が撮ったものでありました。こんな場面にその写真が役に立つのは拙生にはなにかとても不本意でありましたが、しかしそれを祭壇に飾った彼女の家族を恨めしく思うとか、そんな気持ちはまったくないのでありました。
「多分、佳世が自分の写真の中で、一番気に入っとった写真やろうけん、こうして遺影に使わせてもらったと、この居渕君が公園で撮ってくれた写真ば」
 拙生が遺影を少し長く見つめているためか、彼女のお母さんが拙生の横に座って、この写真をここに飾った経緯を話してくれるのでありました。「あの子は井渕君に東京で買ってきて貰った写真立てに、ずうっと井渕君の一人で映っとる写真ば飾っとったけど、その写真の裏に重ねて、この自分の写真ば一緒に入れとったとよ」
 吉岡佳世が写真立ての中にこの写真を一緒に入れていたと云うことを、拙生はここで初めて知るのでありました。自動シャッターで、二人で顔を殆ど接するように寄せあって撮った写真もあったはずでありますが、彼女は屹度そんな写真を飾るのは家族の手前照れ臭かったものだから、表には拙生が一人で映った真面目くさった顔の写真を入れ、その裏に自分の写真を、重ねあわせて忍ばせるように入れていたのでありましょうか。
 拙生は線香を取ってそれに蝋燭の火を移して立ててから、祭壇に向かって長い時間手をあわせるのでありました。
「井渕君、最後けん、佳世の顔ば見てやっておくれ」
 拙生の横に座っていた彼女のお母さんはそう云いながら立ち上がると、棺に近寄って蓋に取りつけられている小窓を静かに開くのでありました。
(続)
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