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枯葉の髪飾りCⅩCⅦ [枯葉の髪飾り 7 創作]

 数時間が過ぎて銀杏の木の葉擦れの音で拙生は目覚めるのでありました。少し強い風が吹いて葉群れをさざめかせたのでありましょう。そろそろ、夜の闇がものの形を奪おうとする頃でありました。拙生は腕時計に目を落とすのでありました。吉岡佳世の通夜が始まるのは未だ二時間程先なのでありました。彼女の通夜は市民病院から程近い所に在る葬祭場で行われると云うことでありました。拙生はベンチから立ち上がって、闇に姿を隠した銀杏の木の葉擦れの音に送られながら、ゆっくりと歩いて公園を出るのでありました。
 公園脇の公衆電話ボックスから実家に電話を入れたのは、今晩急に家に帰って家族を驚かすよりは、まあ、かなり伝え遅れた感はありましたが、それでも予め今現在佐世保に居ることを知らせておいた方が、帰ってから面倒が少なかろうと考えたからでありました。しかし電話に出た母親は、拙生が佐世保に居ることをもう知っているのでありました。それは世田谷の叔母が拙生が東京を出発したすぐ後に、どうせ拙生自ら実家に連絡なんかするまいと思って、高校時代の友人の葬儀のために佐世保に発った旨、母親に連絡を入れておいてくれたからのようでありました。詰まりそう云う事情だから、通夜が済んだら今晩家に行くと云って拙生は電話を切るのでありましたが、夕飯を用意しておいた方が良いのかと云う母親の問いには曖昧な返事をするのでありました。相変わらず空腹を全く感じなかったし、未だ食事を普段通りに摂れるような気がしなかったためでありました。公衆電話ボックスを出た拙生は市民病院前の広い道路を渡って、古い寺院の塀に沿う乗用車二台がようやくすれ違える程の細い道に折れて、住宅地に入りこんだ辺りに在る葬祭場へと向かうのでありました。
 葬祭場の受付で吉岡佳世の通夜が営まれることを確認して、着替えをしたいのだがと云うと、受付の女の人が態々奥まった所に在る更衣室に案内してくれるのでありました。拙生は更衣室横の洗面所で顔と手を入念に洗って、ぼさぼさになっている髪を手櫛で調えてから、持参したシャツとズボンとブレザーを身につけるのでありましたが、黒いネクタイがないことに気づいて、また受付に戻って黒いネクタイを売ってはいないかと尋ねるのでありました。すると受付の人が勿論販売はしているが当座の必要だけと云うのなら、何本か備えつけのものがあるから良かったら貸そうかと云ってくれるのでありました。それからこんな折余計なことかもしれないがと拙生の体面を気遣う風の口調で、不祝儀の袋とかは持っているのかとも聞いてくれるのでありました。拙生はそんなことは実は考えもしなかったことなのでありました。屹度拙生の年齢やらむさ苦しい風体から、こんな場に不慣れなのであろうと心配してくれたのでありましょう。拙生はネクタイを貸与して貰って、それから不祝儀の袋は購入して、その人に礼を云ってまた更衣室に戻るのでありました。ことの序でだがと、その受付の女の人は不祝儀袋に入れる一般的な金額までも、丁寧に拙生に教示してくれるのでありました。
 身支度を終えて拙生は足取り重く、二階にある吉岡佳世の通夜が営まれる部屋へと向かうのでありました。扉の横の壁に「吉岡家」とあるのを見て、拙生はいきなり目眩を覚えるのでありました。強張った体が扉の前ですっかり動きを失くしてしまって、拙生の手は扉のノブになかなか延びないのでありました。
(続)
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