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枯葉の髪飾りCⅩC [枯葉の髪飾り 7 創作]

 拙生はそう云った後に「誰かに、見られとるかも知れんからね」と云う、最後の言葉は、この場面には不必要かと、思い当たるのでありました。無意味な言葉を発したことを拙生は、悔やんでいるのでありました。
 ・・・・・・
 吉岡佳世が拙生の方へ手を伸ばして、拙生の頬に触れて「井渕君、あたしが居らんようになったら、その後、どうする?」と、聞くのでありました。拙生は彼女の手を握って少し、考えるのでありました。「そうね、また、影にでも、なろうかね、公園の銀杏の木の」「また、影になると?」「うん、それが一番、オイに似あっとる気のするもん」「影になったら、あたしが夏か、もしかしたらその前に帰って来た時、どうすると?」「その時は、また声ばかけてくれたら、すぐに人間に戻れるて、思うとやけど・・・」拙生は彼女の手を強く、握るのでありました。そうして恐らく、彼女は夏までに帰って来ることはないだろうと拙生は、判るのでありました。その証拠に、拙生のきつい握力に対して、吉岡佳世は同じく強く、拙生の手を握り返すことを、しないのでありましたから。
 吉岡佳世は「そう」と云って拙生の手から自分の手を、引くのでありました。それを追うように拙生の手は彼女の方に、延びるのでありました。しかし拙生の手を遮断するように、さくら号のけたたましい発車を知らせるベルが鳴って、ドアが、閉まるのでありました。ドアのガラス窓の向こうで、吉岡佳世がさようならと口を大きくゆっくり、動かすのでありました。
 列車が動き始めると、それを追うように拙生も、歩くのでありました。しかし数歩足を進めた時に、何時の間にホームに現れたのか、彼女のお兄さんの体にぶつかって、拙生は前進を、阻まれるのでありました。彼女のお兄さんは、ぶつかった拙生に頓着しないで、次第に速度を増す列車を何時までも、見つめているのでありました。彼女のお兄さんの目から、涙が溢れているのでありました。その涙には、どう云う意味があるのだろうと拙生は、考えるのでありました。
 なんとなく声をかけられない雰囲気だったものだから、拙生は泣きじゃくる彼女のお兄さんを、ホームに残して改札を、出るのでありました。駅から外を眺めると、そこは病院裏の公園でありました。拙生は公園の中に今度は一人で入って行って、影になるために、銀杏の木の傍へとゆっくり足を、進めるのでありました。・・・
 ・・・・・・
 そうしてようやくに拙生の体から熱が引き、拗らせた風邪の症状も静まってなんとか夢現の曖昧な境目から現の方へ重心を移して、確然と覚醒出来たのは二晩の後でありました。その間まともに食事も摂らずに、当然風呂も入らず髭も当たらず髪も梳らずで布団の中で夢を見続けていたのでありました。カーテン越しに感得出来る早朝の気配の中で、布団から起き上がった拙生は呆けたように部屋の中を見渡すのでありました。
 すると突然、部屋のドアがノックされるのでありました。それから叔母の声が部屋の中に侵入して来るのでありました。
「秀ちゃん、起きとると? 吉岡さんて云う人から、今、電話の入っとるとやけど」
(続)
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