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枯葉の髪飾りCLⅩⅩⅩⅦ [枯葉の髪飾り 7 創作]

 地面に落ちた枯葉から目を離して、横に座る吉岡佳世を見ると彼女は拙生に、微笑みかけるのでありました。「あたし、来年の三月に、井渕君と一緒に、高校を卒業するとは、無理かも知れんね」吉岡佳世が、云うのでありました。「大丈夫くさ、そがん心配せんでも。ちゃんと万事、うまくいくくさ」拙生はそう云って彼女の頬に、掌で触れるのでありました。「ま、でも、それはいいの」吉岡佳世は拙生の掌を包むように、手を添えてそれから軽く唇を、押しつけるのでありました。
 彼女の唇の熱くて柔らかな感触が、掌から拙生の体内に、浸みこむのでありました。拙生はどうしたものか妙に悲しくなって、彼女の体を引き寄せて強い力で彼女を、抱くのでありました。こんなに強い力で抱くと、彼女が壊れはしないだろうかと拙生は、不安になるのでありましたが、しかしそれでも力を緩めないで、強く彼女を自分の体に、密着させた儘でいるのでありました。「有難う、井渕君」と、吉岡佳世が、云うのでありました。
 拙生は彼女のその言葉が、遠まわしに、拙生の力が強すぎると、訴えているのであろうと理解して、急いで彼女の体を拙生から、離すのでありました。すると彼女は、不満そうな顔をして拙生を、見るのでありました。その顔が今の拙生の判断が、的外れなものであったことを拙生に、判らせるのでありました。拙生はなんとなく申しわけなくなって彼女から、目を逸らすのでありました。「明日から、冬休みね」と彼女は、云うのでありました。「手術は絶対、うまくいくけんね」と云う拙生は声に、力を籠めるのでありました。それは先程の判断ミスを挽回しようとする、力みなのでありました。
 吉岡佳世が入院する前に、彼女の写真を撮っておきたいと拙生は不意に、思いつくのでありました。しかし拙生はカメラを、持ってはいないのでありました。「井渕君、写真ば撮りたいて、今思ったやろう?」と吉岡佳世が、云うのでありました。何故彼女にそれが判ったのか不思議で、拙生は彼女の微笑む顔を、凝視するのでありました。「なんで、オイの思うたことが、判るとか?」「井渕君の思うことは、全部判るとよ、あたしには」吉岡佳世が、云うのでありました。「ばってん、カメラのなかけん、写真は撮れん」拙生はそう云いながら、彼女に拙生の思ったことが全部判るのなら、拙生も彼女の思ったことが総て、判らなければならないはずだと、考えるのでありました。しかし全く、不可能なことでありました。それは、彼女が拙生を慕う気持ちに見あうだけの愛情が、拙生にないためかもしれないと、考えるのでありました。或いは、彼女にはちゃんと備わっている能力、いや寧ろ本来、人として持っていなければならないはずの、当たり前の感知能力が、拙生には生まれながらに、欠落しているためかも知れないとも、考えるのでありました。
 吉岡佳世がカメラを取り出して、はいと云いながら拙生の目の前に、示すのでありました。「あたしがちゃんと、用意してたから」「あれ、何処にカメラなんか持っとったとか?」「うん、ずっとあたし持ってたけど、井渕君が、気づかんやっただけ」吉岡佳世は、云うのでありました。「それはいいから、このカメラで写真撮ろうよ」拙生は吉岡佳世の手からカメラを、受け取るのでありました。カメラを手にした途端、彼女がこのカメラを何処に持っていたのかと云う疑問は、突風がいきなり泥んだ霧を追いたてたように、拙生の頭からすっかり、掃われてしまうのでありました。
(続)
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