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枯葉の髪飾りCLⅩⅩⅩⅧ [枯葉の髪飾り 7 創作]

 拙生はベンチに座った彼女から、少し離れた位置に移動して、彼女に向かってカメラを、構えるのでありました。落ち来る枯葉が、彼女の頭の上に、止まることを期待して、拙生はファインダーを、覗き続けるのでありました。
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 吉岡佳世の写真を幾枚か撮り終えたところに、彼女のお兄さんが、やって来るのでありました。「こがんところで、なんば、ぼやぼやしよるとか?」彼女のお兄さんはそう、声をかけるのでありました。「早う、入院ばせんか、佳世は」彼女のお兄さんが拙生の方に手を、差し出すのは拙生に、カメラを渡せと云う仕草であります。拙生は吉岡佳世の、入院と云う重大事を脇に置いて、悠長に写真など撮影していることを、強く非難されたのだと思って、おろおろとうろたえながら、カメラを彼女のお兄さんに、差し出すのでありました。「ああ、そいから佳世は、公園の向こうの入院病棟にじゃなくて、東京の病院に、入院することになったけんね。そいけん今からすぐ、佳世は東京に向かえ」彼女のお兄さんは、云うのでありました。「変更になったとですか?」と拙生は、お兄さんに聞きます。「そう。今病院に呼び出されて、そがん云われたと。その事ば伝えるために、何時来るか何時来るかて、病院の中で待っとったとやけど、何時まで経っても現れんけん、ここまで探しに来たとくさ」「急に、東京の病院に入院て云われても、あたし困る」と吉岡佳世は、お兄さんに向かって首を横に振りながら、云うのでありました。
 吉岡佳世の尻ごみに彼女のお兄さんは、舌打ちをするのでありました。「一刻も早う入院せんと、大変なことになるとけんね、お前の体は。ぶつぶつ云うとらんで、早う駅に行って、列車に乗れ」彼女のお兄さんはそう云って、寝台特急さくら号の乗車券と指定寝台券を、吉岡佳世に無理矢理、手渡すのでありました。「判ったか、佳世。じゃあ、オイはここで」と彼女のお兄さんは、拙生と吉岡佳世に向かって手を上げると、こちらを振り向くこともなくまた来た方に向かって、去って行くのでありました。
 拙生はさくら号の乗車券と指定寝台券を、両手で持った吉岡佳世の方を、見るのでありました。「そんなら、駅に行こうか。序でに、さくら号に乗ったら食事の摂れんかも知れんけん、途中で、四ヶ町の白十字パーラーで、なんか食べていこうか」拙生がそう云うと、吉岡佳世は拙生を怪訝そうな顔をして、見るのでありました。「井渕君、なんば云いよるとね。四ヶ町まで行かんでも、駅はこの公園のすぐ隣に在るやん」「いや、駅は、四ヶ町ば通り越した先やっか、昔からずうっと」拙生は吉岡佳世がまたなにを、わけの判らないことを云うのかと、口を尖らすのでありました。「違うよ。最近こっちに移ってきたとよ。井渕君、知らんやったと、今まで?」吉岡佳世はそう云って、拙生に背を向けて公園の出口に向かって、歩き出すのでありました。
 ・・・・・・
 拙生が慌てて、早足で彼女の後を追っていると、不思議なことに佐世保駅のホームが公園の出口のすぐ横に、見えるのでありました。そこには寝台特急さくら号が既に、入線しているのでありました。ああ本当に、駅のホームがあると思った途端、拙生は駅が公園の隣に在ることを、別に妙だともなんとも、思わなくなっているのでありました。
(続)
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