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枯葉の髪飾りCLⅩⅩⅩⅤ [枯葉の髪飾り 7 創作]

 吉岡佳世の家の玄関から居間の方へ走り戻ると、居間には吉岡佳世の姿が、ないのでありました。「吉岡は?」拙生は、座ってケーキを頬張っている安田と島田に、聞くのでありました。「急に具合の悪うなったけん、お母さんの病院に連れて行かした」島田が拙生を見上げながら、云うのでありました。拙生が舌打ちをすると、その音を聞き咎めた島田は、拙生を敵意の籠った目で睨みながら「何時も肝心な時に、佳世の傍に居らんとやからね、井渕君は」と云って、拙生よりも大きな音の舌打ちを、返すのでありました。「早う、病院に行かんか、井渕」安田が、拙生を追い払うような手つきを、するのでありました。「あたし達はお邪魔やろうけん、一緒には行かんけど」島田も同じような手つきをしながら拙生に、云うのでありました。拙生は居間に背を向けると、玄関から転がるように外に跳び出して一目散に病院へと、走るのでありました。
 病院の循環器科の前の長椅子には坂下先生が腕組みをして、座っているのでありました。坂下先生は拙生が走り寄ると「井渕、なんでお前がここに来たとか?」と、云うのでありました。その顔は拙生を、咎めているようでありました。拙生は坂下先生の顔で、自分が校則を破ったことに、気づくのでありました。「済みません。心配で、堪らんやったけん」拙生は項垂れて小さな声で、云うのでありました。「お前、何時から、吉岡の保護者になったとか?」「いや、そがん者には、なっとらんです」拙生は坂下先生の言葉に内心怒りを覚えるのでしたが、それは表わさずに深々と頭を下げて先生の横に、座るのでありました。
 程なく診察室から、彼女のお母さんに体を支えられて吉岡佳世が、出てくるのでありました。「ああ、井渕君」彼女のお母さんが拙生に、笑いかけるのでありました。「どがんやったですか?」坂下先生が、立ち上がって彼女のお母さんに、聞くのでありました。同時に立ちあがった拙生は、吉岡佳世の顔を、見るのでありました。吉岡佳世は照れたような表情をして、腰の辺りで小さく拙生に、手を振るのでありました。その姿から、拙生は彼女の病状が、然程のことはなかったのだと見当をつけて胸を、撫で下ろすのでありました。
 彼女のお母さんと坂下先生が話をしている間、拙生と吉岡佳世は手を繋いで、並んで長椅子に、座っているのでありました。「そしたら、これから坂下先生と、佳世の進級のことで話ばせんといかんし、それに、佳世の入院の手続きもせんばならんから、あんた達は先に、二人で病室に行っとっておくれ」と彼女のお母さんは云って、坂下先生と並んで、なにごとか会話を交わしながら廊下を歩いて、遠ざかるのでありました。彼女のお母さんのその言葉から、吉岡佳世の病状が、拙生の先程の見当を裏切って、入院を要する程なのだと判明して、拙生は大いに、落胆するのでありました。
 彼女のお母さんと坂下先生が廊下を曲がって、その姿が視界から消えると、長椅子に座った儘、吉岡佳世は「これから公園に行こうよ」と拙生に、云うのでありました。「今から、入院するとやろう?」拙生は吉岡佳世に、聞くのでありました。「うん、そうやけど、大丈夫よ」と吉岡佳世はあっけらかんと、云うのでありました。「また体調の崩れたら、困るやっか」「でも、多分大丈夫て思うよ、公園でデートしても」「ダメくさ。今しっかり体ば治しとかんと、後で困るやっか」拙生は彼女を、説得しているのでありました。彼女は暫く俯いて考えた後「判った」と云って、頷くのでありました。
(続)
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