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枯葉の髪飾りCLⅩⅩⅢ [枯葉の髪飾り 6 創作]

 吉岡佳世からの手紙が滞りがちになったのはそのせいでありました。彼女は拙生に頻々と手紙を出せるような状態ではなかったのでありました。滞りがちになって以来の彼女の手紙は総て病院で書かれたものであったわけであります。手紙など書いている場合ではないのに、それでも彼女はなんとか拙生に手紙を書いてくれていたのであります。それも心配をかけまいとして入院の事は秘して、いかにも何時も通りの明るい手紙をであります。しかし入院が長引くような気配に遂にこの儘伏せているわけにもいくまいと、これまでの経緯を期した長い手紙をようやくに送ってくれたのでありました。
 そうとは知らず焦燥や不安や猜疑に我を忘れてかまけていた拙生は、事情が判明してひどい自己嫌悪に陥るのでありました。彼女の苦しみにまったく思い至らないで、あろうことか彼女の拙生に対する心を疑いすらしたのであります。拙生は彼女に済まない気持ちで胸が張り裂けそうでありました。いくら知らされていなかったので無理はないと云われようとも、拙生の悔悟は拙生を容赦なく鞭打つのでありました。
 しかし彼女の体は、本当に大丈夫なのでありましょうか。吉岡佳世は今また、高校へは通えなくなっているのであります。彼女の状況は大変な心臓の手術を経ても、手術以前とほとんど何も変わってはいないと云うことになるのであります。
 彼女は来年、大学進学のために東京へ出てくることが本当に出来るのでありましょうか。いやその前に、高校をちゃんと卒業出来るのでありましょうか。それよりなにより、今度の入院はその後に間違いなく退院出来るのでありましょうか。
 考えれば考えるだけ幾層にも積み重なっていく心配に、拙生は途轍もない疲労感に襲われていくのでありました。彼女と計画した来年からの楽しかるべき二人の東京での学生生活の夢が、なにやら拙生の手の届くところからかなり隔たった位置にみるみる後退して行くのでありました。
 悪くして、万々が一、彼女とのこの夢が実現しないとしても、それでも彼女が佐世保で息災で居てくれて、拙生が帰った時には逢ってあの病院裏の公園で、二人で楽しい時間を過ごせるのなら、それでもいいとしましょう。彼女と外での逢瀬が叶わないとしても、彼女の家で前のように二人で過ごす時間を持てるのなら、それだって仕方がないかも知れません。この先も彼女と逢うことが出来るのなら、彼女の実在をこの手や唇で感じることが出来るのなら、言葉を交わすことが出来るのなら、彼女の笑い声さえ聞くことが出来るのなら、いや、顔をさえ見ることが出来るのなら、・・・最悪の事態さえ出来しないのならば、それでも拙生は構わないと思うのでありました。
 便箋を封筒に仕舞って、吉岡佳世からの手紙を机の上に置いて、拙生は彼女の写真が入った写真立てを手に取るのでありました。写真立ての中の彼女が笑っています。それは「大丈夫、そんなに心配しないで」と拙生を慰めているようにも見えるのでありました。またその一方で、その笑顔が拙生にたった一つ残されるのかも知れない、彼女の笑みの跡形であるようにも思えてくるのでありました。拙生は写真に、屹度頑張れと心の中で言葉をかけるのでありました。また絶対元気になって、見違えるように元気になって、オイとお前は夏に、佐世保駅で笑いながら再会するとばい、と呼びかけるのでありました。
(続)
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