枯葉の髪飾りCLⅩⅩⅡ [枯葉の髪飾り 6 創作]
その内にようやく手紙を出す頻度が落ちた理由を明記してある手紙が、吉岡佳世から届いたのでありました。その手紙で拙生は自分の焦りや不安や彼女への猜疑が、如何に的外れであったかを思い知るのでありました。それどころか、今までの焦燥と心配とは比べものにならない位の衝撃を受けて、激しく動揺することになったのでありました。
彼女からの手紙には先ず、このところ手紙を出す間隔が空いてしまったことへの謝罪が記してあるのでありました。文字が何時もの手紙のおどけた調子をすっかり失くしていて、如何にも真面目な表情をしているのでありました。便箋を開いた瞬間にすぐに察することの出来る緊張感に、拙生は少し気持ちがざわつくのでありました。
彼女は体調を崩していたのでありました。手紙は、病院から出されたものであったのでした。吉岡佳世の手紙には、驚かすことになるかも知れないけれどと先ず前置きがあって、五月になってからの彼女の体調の推移が、淡々と記されているのでありました。「今まで肝心なことを知らせずにいて、本当にご免なさい」と云う文字に、拙生は思わず身を震わせるのでありました。
五月初めの或る朝、急に彼女は激しい咳で目を覚ますのでありました。視界が茫と霞んでいるのは高熱のせいで、とても起き上がれる状態ではないのでありました。ちっとも部屋を出てこない彼女を不審に思って彼女のお母さんが部屋に行ってみると、彼女は喉から風が隘路を吹き通るような音を発して虚ろに目を開いているのでありました。彼女のお母さんは動転して彼女の名を呼ぶのでありましたが、彼女は捗々しい反応を示しません。未だ出勤前の彼女のお父さんを呼んで、取るものも取り敢えず、救急車で彼女を病院に搬送するのでありました。
彼女が体調をこれ程崩す顕著な兆候は前日には何もなかったのでありました。なんとなく気分が昂ぶっている感じはあったのでありますが、それが高熱を発する前ぶれであるとは彼女は考えもしなかったのでありました。
病院に運ばれた当初は肺炎であろうと云う診断でありました。肺の機能が万全でないことは知れていたことではありましたが、ここにきて毎日の通学や受験勉強の緊張で知らず知らずの内にそれを酷使していて、ひどく過敏になっているところに恐らく何らかのウイルスの侵入があって、急激に気管支と肺に炎症反応が出たのであろうとのことでありました。彼女はその儘入院となったのでありました。
心臓手術のその後の経緯との兼ねあいをも見ながら抗生剤の投与等の処置で、彼女が危険な状況を脱したのは三日の後でありました。熱は引いて咳もほぼ治まったものの、彼女は衰弱してなかなか食事も思うように摂れないのでありました。それに原因は判らないのでありますが、彼女の白血球の数値がひどく低下していて、ウイルス等の感染防止のために病室以外に出ることが出来なくなるのでありました。これはなんらかの薬の副作用かも知れないけれど、判然とはしないと云うことであります。そのこともあって、彼女はほぼこれまで一月、入院生活を送っているのでありましたし、まだそれは続いているのでありました。白血球の数値が一定程度まで回復しないと、退院は無理だと云うことで、今はそれを期して加療しているのでありますが、なかなか一進一退の状況であるのでありました。
(続)
彼女からの手紙には先ず、このところ手紙を出す間隔が空いてしまったことへの謝罪が記してあるのでありました。文字が何時もの手紙のおどけた調子をすっかり失くしていて、如何にも真面目な表情をしているのでありました。便箋を開いた瞬間にすぐに察することの出来る緊張感に、拙生は少し気持ちがざわつくのでありました。
彼女は体調を崩していたのでありました。手紙は、病院から出されたものであったのでした。吉岡佳世の手紙には、驚かすことになるかも知れないけれどと先ず前置きがあって、五月になってからの彼女の体調の推移が、淡々と記されているのでありました。「今まで肝心なことを知らせずにいて、本当にご免なさい」と云う文字に、拙生は思わず身を震わせるのでありました。
五月初めの或る朝、急に彼女は激しい咳で目を覚ますのでありました。視界が茫と霞んでいるのは高熱のせいで、とても起き上がれる状態ではないのでありました。ちっとも部屋を出てこない彼女を不審に思って彼女のお母さんが部屋に行ってみると、彼女は喉から風が隘路を吹き通るような音を発して虚ろに目を開いているのでありました。彼女のお母さんは動転して彼女の名を呼ぶのでありましたが、彼女は捗々しい反応を示しません。未だ出勤前の彼女のお父さんを呼んで、取るものも取り敢えず、救急車で彼女を病院に搬送するのでありました。
彼女が体調をこれ程崩す顕著な兆候は前日には何もなかったのでありました。なんとなく気分が昂ぶっている感じはあったのでありますが、それが高熱を発する前ぶれであるとは彼女は考えもしなかったのでありました。
病院に運ばれた当初は肺炎であろうと云う診断でありました。肺の機能が万全でないことは知れていたことではありましたが、ここにきて毎日の通学や受験勉強の緊張で知らず知らずの内にそれを酷使していて、ひどく過敏になっているところに恐らく何らかのウイルスの侵入があって、急激に気管支と肺に炎症反応が出たのであろうとのことでありました。彼女はその儘入院となったのでありました。
心臓手術のその後の経緯との兼ねあいをも見ながら抗生剤の投与等の処置で、彼女が危険な状況を脱したのは三日の後でありました。熱は引いて咳もほぼ治まったものの、彼女は衰弱してなかなか食事も思うように摂れないのでありました。それに原因は判らないのでありますが、彼女の白血球の数値がひどく低下していて、ウイルス等の感染防止のために病室以外に出ることが出来なくなるのでありました。これはなんらかの薬の副作用かも知れないけれど、判然とはしないと云うことであります。そのこともあって、彼女はほぼこれまで一月、入院生活を送っているのでありましたし、まだそれは続いているのでありました。白血球の数値が一定程度まで回復しないと、退院は無理だと云うことで、今はそれを期して加療しているのでありますが、なかなか一進一退の状況であるのでありました。
(続)
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