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枯葉の髪飾りCⅩⅩⅩⅣ [枯葉の髪飾り 5 創作]

「そがんことは、せんばい」
 拙生は云うのでありました。「オイの行く大学は、男子学生と女子学生の比率が八対二らしかけん、周りにあんまり女っ気はなかて思うぞ。学部も学部やし」
「それでも、全然女子が居らんとやないやろう」
「そりゃそうばってん、オイはこう見えてあんまい器用じゃなかけんが、あっちの生活とか大学とかに慣れるために、そっちに精力ば遣うてあたふたしとったら、あっと云う間に一年過ぎてしまうごたる気のするばい。一年したらお前が東京に来るとけんが、他に目移りする暇なんかあるもんか。そいに夏休みとか冬休みとかで、一年の内三分の一はこっちに帰って来とるやろうけんが、問題はなあんもなかて思うぞ」
「そうやろうか」
「そうに決まっとる。それに、もうちっとオイば信用せんばダメぞ」
「そうね、井渕君なら大丈夫よね、あたしのこと、忘れたりせんよね」
「当たり前くさ」
 拙生がそう云った時吉岡佳世が小さな悲鳴を上げて、仔犬の居るケージから手を引くのでありました。何ごとかと思って拙生は吉岡佳世の顔を見るのでありました。
「あたしが、仕様もないこと云うもんけん、噛まれた」
 彼女はそう云って今まで犬と戯れていた人差し指を拙生に示すのでありました。それから頬を膨らませて眉根を寄せて仔犬を睨むのでありました。仔犬は恐縮したように彼女を不安そうな上目で見ています。指には傷はないようでありました。
「ほれ、犬も余計な心配するなて云いよる。そいけん、安心しとかんば」
 拙生は実にタイミング良く彼女の指を噛んだ仔犬に、でかしたと声をかけてやりたい気がするのでありました。
「そうね、判った。心配せんようにする、あたし」
 彼女がそう云ってまた懲りずにケージに指を差し入れると、仔犬は嬉しそうにその指に再びじゃれつくのでありました。
「この仔犬、あたしの味方て思うとったら、井渕君の味方やった」
 吉岡佳世がそう云った後、拙生も彼女に倣ってケージに指を差し入れてみるのでありました。仔犬はほんのちょっと拙生の指の匂いを嗅いで、その後すぐにそんな指には何の興味もないと云った風情でそっぽを向いて、吉岡佳世の人差し指との遊戯を再開します。
「ありゃ、この犬はきっと雄ばいね。男の指には興味ば示さん」
「そうやろうか」
「多分ね。屹度お前の指が、良か匂いのするとやろう。まったく、このスケベ犬が」
 拙生がそう云って彼女の指と戯れている犬の鼻先を突っつくと、犬はいきなり今度は拙生の指に噛みつくのでありました。
「あ痛。こら、なんばするか」
「なんか、兄弟喧嘩みたいに見えるね、そがんして井渕君と犬がじゃれあってると」
 吉岡佳世がそんなことを云うのでありました。
(続)
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