枯葉の髪飾りCⅩⅦ [枯葉の髪飾り 4 創作]
「そんなら、経緯ば見て、行くか行かんかは、まだ先で決めるか」
拙生はそう云って卒業前に我々が打ち揃って、吉岡佳世の家に行くと云うこの提案をうやむやにするのでありました。皆がバラバラになる前でしかも皆の身の振り方が決まった段階で、クラスのこの親ししい連中が一堂に会するのも悪くはないと単純に考えたのでありましたが、隅田の指摘により確かに夫々の少し微妙な気持ちの問題が潜んでいるとも思えたのでありました。
その日放課後に職員室で担任の坂下先生に拙生の受験の首尾等を報告して、いよいよ週末にこの一年、いや二年、お前がどれだけ努力してきたかその結果が出るわけだなと先生に或る意味脅かされて、拙生は学校を後にしたのでありました。勿論向かった先は吉岡佳世の入院している病院であります。
「東京は、馴染めそうね?」
吉岡佳世のお母さんがベッド脇にある台の上の、写真立てに入れられている写真を凝視している拙生に聞くのでありました。
「いやあ、なんとも云えんばってん、まあ、今のところ、問題なかて思うですけど」
拙生はお母さんの方へ顔を向けて云うのでありました。「第一まあだ、入試の結果も判っとらんから、ひょっとしたらこっちで、浪人生活て云うことになるかも知れんですよ」
「井渕君のことけん、大丈夫さ、屹度」
「いやあ、これがあんまい当てにならんとですよ、困ったことに」
「どっちにしても、金曜日にははっきりするとよね」
吉岡佳世が云うのでありました。拙生はそれに頷きます。
「金曜日に発表のある大学が第一志望ね?」
彼女のお母さんが聞きます。
「いやあ、受けた大学が皆同じくらいのレベルのところけんが、そこが第一志望て云うこともなかとですけど」
拙生はそう云いながら、試験で吉岡佳世の写真のお陰で「朱元璋」と云う漢字を思い出したのは金曜日に合格発表のある大学だったから、受験当初は入れてくれるところがあればどこでも良しと考えていたのでありましたが、因縁から、そこが第一志望のような気になっていたのでありました。
「あ、そうだ」
吉岡佳世が突然そう云ってベッド脇の台の引き出しを開けるのでありました。「これ、返しとかんといかんかった。うっかりしてた」
彼女が取り出したのは拙生が預けた万年筆でありました。「はい、これ。井渕君、今まで貸してくれて、どうも有難う」
「ああ、うん、・・・どうも」
拙生は此方が返却を受けたのでありますから、一緒になって有難うと云うのはおかしいかと考えて不明瞭な言葉を漂わせるのでありましたが、これで彼女が拙生の合格祈願をしてくれたわけですから、当然有難うと云って受け取っても良かろうと思い直したりしているのでありました。
(続)
拙生はそう云って卒業前に我々が打ち揃って、吉岡佳世の家に行くと云うこの提案をうやむやにするのでありました。皆がバラバラになる前でしかも皆の身の振り方が決まった段階で、クラスのこの親ししい連中が一堂に会するのも悪くはないと単純に考えたのでありましたが、隅田の指摘により確かに夫々の少し微妙な気持ちの問題が潜んでいるとも思えたのでありました。
その日放課後に職員室で担任の坂下先生に拙生の受験の首尾等を報告して、いよいよ週末にこの一年、いや二年、お前がどれだけ努力してきたかその結果が出るわけだなと先生に或る意味脅かされて、拙生は学校を後にしたのでありました。勿論向かった先は吉岡佳世の入院している病院であります。
「東京は、馴染めそうね?」
吉岡佳世のお母さんがベッド脇にある台の上の、写真立てに入れられている写真を凝視している拙生に聞くのでありました。
「いやあ、なんとも云えんばってん、まあ、今のところ、問題なかて思うですけど」
拙生はお母さんの方へ顔を向けて云うのでありました。「第一まあだ、入試の結果も判っとらんから、ひょっとしたらこっちで、浪人生活て云うことになるかも知れんですよ」
「井渕君のことけん、大丈夫さ、屹度」
「いやあ、これがあんまい当てにならんとですよ、困ったことに」
「どっちにしても、金曜日にははっきりするとよね」
吉岡佳世が云うのでありました。拙生はそれに頷きます。
「金曜日に発表のある大学が第一志望ね?」
彼女のお母さんが聞きます。
「いやあ、受けた大学が皆同じくらいのレベルのところけんが、そこが第一志望て云うこともなかとですけど」
拙生はそう云いながら、試験で吉岡佳世の写真のお陰で「朱元璋」と云う漢字を思い出したのは金曜日に合格発表のある大学だったから、受験当初は入れてくれるところがあればどこでも良しと考えていたのでありましたが、因縁から、そこが第一志望のような気になっていたのでありました。
「あ、そうだ」
吉岡佳世が突然そう云ってベッド脇の台の引き出しを開けるのでありました。「これ、返しとかんといかんかった。うっかりしてた」
彼女が取り出したのは拙生が預けた万年筆でありました。「はい、これ。井渕君、今まで貸してくれて、どうも有難う」
「ああ、うん、・・・どうも」
拙生は此方が返却を受けたのでありますから、一緒になって有難うと云うのはおかしいかと考えて不明瞭な言葉を漂わせるのでありましたが、これで彼女が拙生の合格祈願をしてくれたわけですから、当然有難うと云って受け取っても良かろうと思い直したりしているのでありました。
(続)
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