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枯葉の髪飾りCⅩⅣ [枯葉の髪飾り 4 創作]

「そうね、帰ったばっかりやいから、今日はゆっくり休んで、またその内、東京の話ば聞かせておくれね、井渕君」
 彼女のお母さんが云います。
「はい、また今度、色々話します」
「明日も、来てくれるとやろう?」
 吉岡佳世がそう拙生に聞くのでありました。
「うん。明日は学校に行くばってん、帰りにまた寄る積りでおるけど」
「ああ、そんじゃあ、明日東京の話ば聞けることば、楽しみにしとるけん」
 彼女のお母さんが云うのでありました。
「順調に恢復しよるようで、オイも安心したぞ」
 拙生は別れ際にそう吉岡佳世に云って手を挙げるのでありましたが、そこで先程退院の話が出たのを思い出すのでありました。「ああそうそう、退院の目途が立ったとですか?」
「うん、このままいけば、あと一週間くらいで退院してもよかごとなるかも知れんて」
 彼女のお母さんが言葉は拙生に、顔は吉岡佳世に向けて云うのでありました。
「お、あと一週間で退院出来るとですか」
「まあ、ここんところ順調にきとるけん、多分大丈夫やろうて、そがん先生の云わす」
 拙生はそう聞いて嬉しくなって思わず指を鳴らすのでありました。
 受験が終わった開放感と吉岡佳世の退院がほぼ確実になったことで、試験の合否はまだ判らないでいるものの、拙生はもう既に有頂天になるのでありました。この有頂天を長く味わいたいがためにバスには乗らず、拙生は黄昏た冬空の下を歩いて家まで帰るのでありました。頬を刺す冷たい風もどことなく気持ちよく、足取りも至って軽やかであります。
 まあ、吉岡佳世の卒業は恐らく来年に持ち越しになるでありましょう。三学期に入ってまだ彼女は一度も登校出来ないでいるわけでありますから。どうしても出席日数不足はこの先埋めようがないでありましょう。しかしそれはそれとして、彼女は今後心臓のことを気にしないで暮らしていけるようになったのでありますから、こちらの方が遥かに重要であります。
 四月から彼女にはうんと頑張ってもらって、是が非でも来年は東京の大学へ進学してもらうのであります。そうして拙生といつも一緒に東京で過ごすのであります。これはかなりの度合で実現可能なことであります。もっとも拙生の大学合格の方はまだはっきりしてはいないのでありますが、なにやら吉岡佳世の退院と云う朗報にあやかって、こちらもなんとかなりそうな気がするのでありました。悪いことも立て続けに起こるのかも知れませんが、同じに良いことも勢いと云うものがあって、屹度重なってやって来るに違いないのであります。そうでないと世の中の幸と不幸の振りあいがつきませんし。
 拙生の足の筋肉が、そんな楽観によって何時も以上に運動効率を上げるものでありますから、拙生は予想よりもかなり早く病院から家まで辿り着くのでありました。開放感と有頂天とを存分に味わいたいがための徒歩でありましたが、こんなに早く家に到着してしまうとは、実に以って勿体ないことでありました。
(続)
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