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枯葉の髪飾りCⅥ [枯葉の髪飾り 4 創作]

「ああそうだ、お母さん、今度買い物に行ったら、この万年筆のスペアインクば二箱と、それから大学ノートば三冊買って来てくれん?」
 吉岡佳世が拙生の万年筆をお母さんに見せながらそう頼むのでありました。
「よかけど、そがんと何に使うと?」
「まあ、よかけん、兎に角買って来とってよ」
「はいはい。ばってん今云われてもすぐ忘れてしまうけん、今度買い物に出る時、もう一回云うて貰わんばダメよ」
「そんじゃあ、オイ、いや僕はこれで帰りますけん」
 拙生は彼女のお母さんに向かってそう云うのでありました。
「あら、もう帰るとね?」
「はい。明日東京に行きますけん、今日は用意のあるけんが」
「ああ、そうやったね。そしたら受験頑張ってね、井渕君。そのことはすっかり忘れとったけん、そんならそがんチョコレートなんかより、もっと気の利いた餞別ば買うてくればよかったね、ご免ね」
 彼女のお母さんはそう云って恐縮の表情をするのでありました。
「いやいや、そがんことは。チョコレート有難うございました」
 その後拙生は吉岡佳世の方を向いて手を挙げて見せます。彼女も同じように手を挙げて、二人は暫しの惜別の情を交わすのでありました。
 病院を出ると彼女のお母さんが云っていたように、寒風が拙生の顔に吹きつけてくるのでありました。最寄りのバス停まで歩いて振り返ると、病院の建物が暗くなりかけた冬の曇り空の中に溶けこむように佇んでいるのでありました。縦横に連なる窓にはそろそろ明かりが燈され始め、その光がどこか弱々しく寒風の中に浮かんでいるのでありました。明日から暫く吉岡佳世の顔を見ることが出来ないのだと思うと、拙生は皮膚を剥がされるような強い寂寥感を覚えるのでありました。
 開けて次の日は拙生が東京へ出発する日であります。寝台特急さくら号は夕方四時三十分に発車するのでありましたから、拙生は家を二時半過ぎに出ると、未練がましく吉岡佳世の入院している病院へ立ち寄るのでありました。その日は拙生は来ないものと思っていたらしく、吉岡佳世も付き添っている彼女のお母さんも拙生の来訪に驚くのでありました。いや、驚いたのではなく呆れたのかも知れませんが。
「あ、井渕君!」
 吉岡佳世は拙生の顔を見て少し高い声でそう云うのでありました。しかしその表情は間違いなく嬉しそうな気色を湛えているのでありました。彼女は昨日同様ベッドの上に座っているのでありましたが、それは詰まりその日も引き続き体の具合が悪くはないということなのでありましょう。
「出発の時間は大丈夫と、ここに寄ったりしとって?」
 彼女のお母さんが心配そうに拙生に聞きます。
「まあだ一時間以上ありますけん。ちらっと最後に、顔ば見てからて思うてですね」
(続)
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