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枯葉の髪飾りCⅦ [枯葉の髪飾り 4 創作]

 拙生は頭を掻きながらそんなことを云うのでありました。
「びっくりした。まさか今日も来てくれるなんて、思うとらんやったから」
 吉岡佳世が祈るように両手を胸の前であわせて云います。
「いや、万年筆のスペアインクば持って来たとくさ」
 拙生はスペアインクの入った箱を学生服のポケットから取り出して、彼女が座るベッドの上に置くのでありました。「態々、買わんでもよかごとて思うてくさ」
 吉岡佳世はスペアインクの箱を手に取って、それを大事そうに両手で挟むように持ちながら拙生を見るのでありました。
「来てくれて、嬉しか」
「なんせオイの勉強なんかより、遥かに確実性の高い受験対策ばして貰うとけんが、そのくらいはせんと、オイとしても申しわけなか」
「なんの話?」
 彼女のお母さんが拙生と吉岡佳世の顔を交互に見ながら尋ねるのでありました。吉岡佳世はクスッと笑って肩を窄めて後で話すとお母さんに云うのでありました。
「なんか今日も、体の調子は良かごたるね」
 拙生は吉岡佳世に笑いかけながら云います。
「うん、昨日と同じ感じ」
「恢復に向かい出したとやろうね、昨日辺りから確実に」
「そうね、あたしもそがん気のする。だから井渕君、安心して東京に行って来てね」
「判った」
 拙生はその時は、これで大丈夫だと云う感触を吉岡佳世の様子から得るのでありました。
「そいぎんた、これで」
 拙生はそう云って彼女に片手を挙げて見せます
「うん、頑張ってね井渕君、受験」
「井渕君の東京から帰って来る時には、佳世ももっと元気になっとるぎんたよかけどね。井渕君、気をつけて行っておいでよ」
 これはお母さんの言葉であります。
「はい、有難うございます」
 拙生は彼女のお母さんにそう返した後、もう一度吉岡佳世の顔を見るのでありました。吉岡佳世も拙生の目の激励に応えるように強い視線で拙生を見つめて、一つ大きく頷くのでありました。
 廊下まで彼女のお母さんが拙生を見送ってくれます。
「佳世のことは心配せんで、受験に集中せんばよ」
「はい。昨日と今日の様子ば見たら安心しましたから、オイ、いや僕も頑張ります」
「うまくいくように、祈っとるけんね」
 廊下を歩きながら振り返ると、吉岡佳世のお母さんは遠ざかる拙生に深々と頭を下げるのでありました。拙生の方も同じ腰の角度を以てそれに応えるのでありました。
(続)
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