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枯葉の髪飾りⅩCⅨ [枯葉の髪飾り 4 創作]

「時々まだ、傷の痛むと」
 吉岡佳世は病室のベッドに寝たまま、拙生を見上げながらか細い声で云うのでありました。切開した胸の骨を固定するためにパジャマの下に分厚く包帯を巻かれているためでありましょうが、彼女はまるで身動きをする権利を剥奪されているように見えるのでありました。きっと寝返りも打てないのかも知れません。
「そりゃそうやろう、その辺の切り傷とはわけが違うとやから」
 拙生は掛け布団の上に出ている彼女の手を握ってやりたいのでありましたが、彼女のお母さんが傍につき添っているものだからそれは我慢するのでありました。
「咳とかする時が、大変でね」
 彼女のお母さんが拙生に説明するのでありました。
「ああ、オイ、いや僕も前に肋骨ば折ったことのありますけん、判ります」
「あら、肋骨ば折ったことのあるとね、井渕君は」
「はい。鉄棒から横向きに落ちゃけてですね」
 拙生はその、以前折った肋骨の辺りを学生服の上から擦って見せるのでありました。「痛かとよりも恰好悪うして、すぐに立ち上がって、なんでもなかような風にしとったとばってん、後であんまい痛かもんけん医者に行ったら、折れとったとです」
「頭ば打たんでよかったねえ、肋骨は災難やったけど」
「いや、頭も多分少し打ったとやなかろうかて思うですよ。その直後から、勉強のいっちょん出来んごとなったけん」
 吉岡佳世が拙生のそんな詰まらない冗談に顔をくしゃくしゃとして見せるのは、きっと痛みのために笑うに笑えないためでありましょう。
「笑わしたら、だめ」
 吉岡佳世が歪めた口の端から声を出すのでありました。
「ああ、ご免々々」
 拙生は謝りながら吉岡佳世の喉が、呼吸の度に聞こえるか聞こえないかくらいではありますが笛を吹くような小さな雑音を出すのは、手術してみて判った肺とか気管支のダメージのせいかしらと考えるのでありました。
「少し息苦しかとかね?」
 拙生は彼女に聞きます。
「うん、ちょっとね」
「手術直後は、これがもっとひどかったとさ。そいで集中治療室から出るとが遅れたと」
 彼女のお母さんが彼女の後を引き取って拙生に話すのでありました。
「まあ、そう云う不測の事態があっても、そいでもこうして段々恢復しよるとけんが、オイ、いや僕は取り敢えず安心しました。顔色もそがん悪うなかように見えるし」
 拙生はそう云いながらも吉岡佳世の顔色は、手術前に比べるとかなり蒼白であるなあと思うのでありましたが、同時に彼女の表情の中には、危機を脱した後の落ち着きのようなものも微細ではありますが感じ取ることが出来るのでありました。
(続)
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