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枯葉の髪飾りⅩCⅢ [枯葉の髪飾り 4 創作]

「判った。手術もその後も、屹度、頑張るから」
 吉岡佳世はそう云って拙生に強い視線を送るのでありました。拙生は彼女の目の強さに負けそうになるのでありましたが、しかしここは踏ん張らなくてはと思ってより熱い視線を彼女に送り返そうとするのでありました。今までもことあるにつけ彼女に投げていた拙生の「手術頑張れ」と云う言葉と、吉岡佳世のそれを受けた「頑張る」と云う言葉の投げあいではありましたが、しかし考えてみたらこの場合、なんか拙生の方がたどたどしい励ましの言葉を、実は彼女に励まされながら吐いているいるような雰囲気であります。妙な具合の言葉のやり取りだなと拙生は内心首を傾げるのでありました。その後にふとどうしたものか、必ず吉岡佳世はこの手術を乗り切るであろうと云う安心感のようなものが、何の根拠もありはしないのですが、拙生の気持ちの中で明滅したのでありました。
 ちょっと売店に買い物に行って来ると云って席を暫く外していた彼女のお母さんが、その時丁度病室に戻って来たのでありました。
「井渕君、コーラ買うてきたけど、飲む?」
 彼女のお母さんは四人部屋の病室を歩いて一番奥の窓際の吉岡佳世のベッドまで来ると、拙生にそう云ってコーラの瓶を差し上げて見せるのでありました。
「ああ、頂きます」
 拙生は笑いかけながら一礼して見せます。
「ちょっと待っとってね」
 彼女のお母さんはベッドの横にある台の引き出しから栓抜きを取り出して、王冠を外して瓶を拙生に渡してくれます。
「あら、オイ、いや僕だけコーラば貰うて飲んでよかとですかね?」
 彼女のお母さんは拙生に飲ませるためのコーラを一本だけ買ってきたようで、吉岡佳世にはなにも渡さず、お母さんも拙生が瓶に口をつけるのをただ見ているのでありました。
「うん、よかと。佳世もあたしも別に喉の渇いているとやなかけん」
 そう云われれば拙生も喉の渇きを覚えているわけではないのでありましたが、ま、見舞客としての拙生へのもてなしなのでありましょうから、拙生は遠慮なく顎を突き出して瓶を傾けるのでありました。それにしても三十分程彼女のお母さんは席を外していたのでありますが、売店で買ってきたのはコーラ一本だけのようでありました。それなら実際はほんの数分で済む用事でありましょうが、拙生と吉岡佳世が暫く二人だけで、気兼ねなく話が出来るように取り計らってくれた三十分と云う時間だったのでありましょう。
「さて、そいぎんた、オイは帰ろうかね」
 拙生はコーラを飲み終えてゲップを一つして云うのでありました。「何度も煩かやろうばってん、手術、屹度うまくいくけんね。頑張れよ」
「うん、大丈夫」
 吉岡佳世が数度頷いてみせます。
「そいぎんた、帰りますから」
 拙生は彼女のお母さんにそう云って一礼するのでありました。
(続)
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