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枯葉の髪飾りⅩCⅣ [枯葉の髪飾り 4 創作]

 拙生からコーラの空き瓶を受け取ろうとする彼女のお母さんに、帰りしな売店に自分で返しておくからと云ってそのまま持って、拙生はもう一度吉岡佳世の方を見るのでありました。それから窓に近づいて先程拙生が拭った扇形に曇りのとれた部分に、はあと息を吹きかけるのでありました。
「なんしよると、井渕君?」
 吉岡佳世が拙生に聞きます。
「うん、大分白うはなってきたばってん、ガラスの此処だけ水滴の拭き取られとるぎんた、此処から外の冷気の侵入してくるごたる気のするけん、ちょっと修復しよるとくさ」
「ふうん」
 吉岡佳世は拙生の行為に意味を見いだせないような風に云うのでありました。「大丈夫て思うよ、そんなことせんでも」
「まあ、そうやろうけど、なんとなくオイの感覚の問題としてくさ」
 実は拙生は窓の外に降る雪を見ながらふと、以前に読んだことのある伊東静雄の詩の一節を思い浮かべたためにそのような行為に及んだのでありました。題名は思い出せなかったのでありますし、全部を記憶していたのではなかったのでありますが「わが死せむ美しき日のために」と云うところと「汝が白雪を 消さずあれ」と云う句がなんとなく目の前に現れたのでありました。大体が詩的な感受性と言語の感覚に乏しい拙生でありますから別にその詩の全体像には関係なく、単に「死」と云う言葉と「雪」と云う言葉が二つ詩の中で絡まっていると云うまったくもって単純な理由から、雪を不吉に思いなしたのでありました。ですから、吉岡佳世の病室に雪の気配の侵入を許したくなかったのであります。考えてみたら益体もない着目、或いは感傷と云うものでありましょう。
 まだ綺麗に窓を曇らすことはできなかったのでありますが、大凡のところで拙生はこの愚かな作業を止めるのでありました。拙生は吉岡佳世ににいと笑いかけます。
「ほんじゃ、帰るけんね。十日の日に集中治療室からこの病室に戻ってくるとやったぞね?」
「うん、その予定」
「そしたら、今度は十日に、学校の帰りがけにお見舞いに来るかね」
 拙生はそう吉岡佳世に云った後、彼女のお母さんの方に顔を向けて確認の積もりで聞くのでありました。「十日に来て、よかですかね?」
「うん、多分大丈夫て思うよ。なんやったら九日の夜にでも電話ばしてくれたら、その時はっきり返事出来るやろう」
「はい、判りました。そしたら九日の夜に家の方に電話ばさせてもらいます」
 拙生はまた吉岡佳世の方に顔を向けます。「何度も何度も云うけどさ、手術は屹度うまくいくけんね。しっかい頑張れよ。十日に元気になった顔ば見せてくれよ」
「うん、有難う。でも十日は、まだ痛さの残ってたりして、あたし、そがん元気な顔出来んかも知れんけど、もしそうやったとしても、勘弁してね。その顔、本心と違うからね」
 吉岡佳世は何時か前に聞いたことのあるような早手回しの云いわけを繰り返して、拙生に一つ頷いて見せるのでありました。
(続)
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